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2020.08.30 Sunday

「食べ合わせ」という言葉があるが、映画にもたまたま巡り合った順番というものが確かにあると思う。

『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』 原題:Mr. Jones

監督:アグニェシュカ・ホランド 2019年 ポーランド/ウクライナ/イギリス 118分

 

この映画を観る前日に、よせばいいのにNet Flixオリジナルドキュメンタリー『ジェフリー・エプスタイン:権力と背徳の億万長者』を4話続けて観てしまい、どうか悪い夢を見ませんようにと願って眠ろうとして、「しまった、明日はスターリンの時代を描いた映画だ」と思いながら、不安で仕方なかった。悪い夢は観なかったけれども後味の悪いドキュメンタリーを観ると長く引きずるものだ。そして、この映画を観終わって帰宅すると「安倍総理辞任」を伝えていた。

 

『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』は、内容の前にとても残念な邦題だと思った。原題は『Mr. Jones』とてもシンプルなタイトルは、物語の深刻さを反映していてとてもいい。タイトルだけではなんだかわからない。Jonesはいったい誰で、何をしたのか? 映画の中でも振り返れば頻繁に「ミスター・ジョーンズ」と呼びかけられる。ある程度、社会的に高い地位の仕事をしていることがわかる。当時の英国首相の外交顧問であったというから、英国人ならば「ミスター・ジョーンズ」でも察しが付くのかもしれないが、邦題はどうしても内容をわかりやすく伝えようとしてしまう。仕方のないことだが、かえって味気ない。例えば、ケン・ローチの映画ならば『ケス』とか『マイ・ネーム・イズ・ジョー』とか『わたしはダニエル・ブレイク』とかそのまま邦題にもなっている。あるいは最近見た韓国映画『はちどり』では、映画の中では一度も「はちどり」は出てこない。そういうタイトルでもいいと思うけれども配給する側の不安を反映して説明してしまうのだと思う。

 

実在の英国人記者ガレス・ジョーンズのことは全く知らなかった。この映画に描かれるような「ヒトラーを取材した記者」であったり、スターリン時代にモスクワに入り、厳寒のウクライナを取材した事が、その後のヨーロッパの動向に大きな影響を与えていたことなど、本当に自分の無知を恥じる。スターリンがウクライナの食料を搾取していたために、モスクワは対外的に繁栄を見せていた。知らなければ済んだかもしれない大国の虚構を自分の目で確かめに行ったジャーナリストの話だ。映画のエンドクレジットでは、ジョーンズがウクライナの飢饉を伝えた2年後に、モンゴルを取材中に誘拐されて殺害されたことを伝えている。

ところで、冒頭のカットから不気味なクローズアップで豚の様子を描いているのは、この映画の語り部であるかのように現れるタイプライターに向かい合う男との関係であり、ジョーンズが『動物農場』(1945年)を書いたジョージ・オーウェルとも接点があったのではないかという描写は面白い。『動物農場』の農場主はジョーンズという名前であるそうだ。ということで早速『動物農場』の文庫本を注文してしまった。

 

映画の面白さは、描写のディテールにも及んでいる。当時のモスクワに駐在していた新聞社で交わされる煮え切らない対応は、スターリンや政府との取引の根深さが示唆される。あるいは淫らなパーティーに興じる新聞社の幹部たち、ジョーンズが滞在を打ち切られるホテルや、監視がつきまとう街の描写などであるが、反面、ウクライナに潜入した時の状況描写では、僅かな食料も奪われて雪原のような過酷な場所で数日を過ごしたとすれば、凍死しないまでもよく凍傷にかからなかったものだと思ってしまった。子どもたちが歌っている歌詞にあるように、「みんなが狂っていった」のだろうし、飢餓の描写はたしかに痛々しい。

捕まったジョーンズは、政治的な取引でイギリスに戻る事ができるのだが、その経緯が腑に落ちない点もある。ウクライナで見てきたことを語っても、メディアからは嘘つき扱いされて失職し、故郷のウェールズに戻る。地方紙で仕事をしているところに、アメリカの新聞王がウェールズに滞在する。『市民ケーン』で描かれたウイリアム・ランドルフ・ハーストは、ウェールズの別荘に定期的に滞在していたらしい。強引にハースト邸に押しかけて、モスクワでの話を記事にできるというストーリーなのだが、アメリカの関与を匂わせるスターリンの資金源というところが最後までよくわからない。闇とはそういうものかもしれないな、と思いながら、きっともっと大きな闇が、そうとは伝えられずに葬られたのだろうと想像した。

 

映画を観ると不思議な連鎖というものがあるもので、翌朝の東京新聞の書評欄に『私は真実が知りたい』(赤木雅子+相澤冬樹)がとりあげられていた。永田浩三さんが書評を書いている。その後に、永田さんがFBでこの書評のことを書いていて、唐突にモフセン・マフマルバフの『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』という書名を挙げていた。新聞の書評に紙数があれば、そこでも触れていたのかもしれない。ちょっと気になってマフマルバフの本を読み返していると、こんな記述を見つけてしまった。思いがけずマフマルバフとスターリンとが繋がってしまった。面白いものだな、と自分でちょっと感心してしまった。

 

「ナイフや短剣、剣で首を切って殺すことと、銃弾や手榴弾、地雷、爆弾、ミサイルで殺すことの間に、どんな違いがあるのだろう。ほとんどの場合、暴力に対する非難は、暴力の方法に対する非難であって、暴力そのものに対する非難ではない。今日の世界は、世界が不公正であることの結果として100万人のアフガン人が餓死しても、それを暴力とは呼ばない。だがアフガニスタンでナイフで切られた首の映像は、延々と衛星ニュースのヘッドラインに流される。ナイフで切られた首の映像を見れば身震いしてしまうのが当たり前だ。しかし対人地雷で毎日7人の人間が死ぬのは恐ろしくないというのだろう? なぜナイフは暴力で、地雷はそうではないのか。近代的な西側諸国でアフガンの暴力性として批判されているのは、暴力の形式であって、その本質ではない。

西側諸国は、そうしたければ、一つの仏像のために世界をあげて哀悼し、全人類的悲劇の物語を紡ぐことができる。だが、100万人規模の人間の悲劇については、統計を満足させるだけだ。スターリンはいみじくも言った。『人一人の死は悲劇だが、100万人の死は単なる統計に過ぎない』」

(2001年3月 『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』モフセン・マフマルバフ p131~132)

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