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2020.08.13 Thursday

映画作家・大林宣彦さんは壮大な「個人映画」を作ったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『海辺の映画館 キネマの玉手箱』 監督:大林宣彦 2020年 179分

 

コロナ禍が続き、映画を観に行くことも躊躇するような日々ですが、この映画はできるだけ早く観ておかなくてはと出かけました。

 

大林宣彦監督の遺作となったこの映画について、良いとかだめだとか、素晴らしいとか共感できるとか残念だとか、そういう、ひとつの創作物を問題にするような言葉は全く浮かばない。大林さんは壮大な「個人映画」を作ったんだなと、179分をずっと見つめていた。監督の自分史の側面も多く見られる。故郷を舞台にしていたり、自身や家族の戦争体験が垣間見えたり、映画を通じてアメリカに憧れたその素朴な憧憬を隠さず、それでも戦争に反対し続ける強固な自分史を振り返り、映画的なエピソードの中に「映画」というそれぞれの時代の代弁者を織り込んでいく。そして映画作家としての映画での発話が、驚くほどに瑞々しい。僕は正直なところ、これまでの大林映画の合成した画面にはかなりの違和感を持っていた。『花筐』の時に、少しだけその本意が掴めたような気がしたのだが、それがどういう本意なのかは判然としなかった。そしてようやく、この映画で現れるのは、徹底した「映画」のイリュージョンなのだな、と思い至った。

考えてみれば映画はそれが公開された当初から、イリュージョン(幻影であり、マジック)であった。初期の観客はスクリーンに映し出される光景を現実と混同したとも言われているが、それは、われわれが初めて3Dの映像を見た時に、向かってくる何かを思わず避けてしまったその素朴な反応に近いと思う。実在する演者や風景が映し出されていても、観客はそれをやがて「映画」であると認識し、現実を模倣し、誇張し、再現前化するそれらを楽しんだ。映画が誕生してすぐに、戦争の再現が好まれたことは、いながらにして遠くの出来事を疑似体験できる映画が、特権的な娯楽へと成長していくことを助けた。もちろん戦争は現実に近づき日常も飲み込んでいった。それが、ニュース映画への興味を喚起して、映像のリアリズムを浸透していったこともまた事実である。映画は一時期に現実と同義となり、政府や軍はそれを巧みに利用し、偽り、戦意高揚・国策浸透のための映画も制作した。現実と容易に入れ替わってみせた映画は、その偽装の技術を戦争で鍛えたと言ってもいい。

 

そして戦後に、大林少年たちの心を捉えたのがアメリカ映画という幻影であったとしても不思議ではない。スクリーンには戦勝国の豊かな暮らしや文化が溢れ、その仕草や営みや音楽に心酔する。映画は幻影でありながら手が届く現実を予見していたはずだ。映画は作り出せる夢でもあった。大林少年が描いたキャラクターが映画では文字通りに命を吹き込まれたように、夢が現実を模倣しながら映画の中には再現できた。それが、大林さんの映画だったのではないかと、今は思う。

他方では、大林さんは市民映像作たちが描くリアリズムを愛したのだと思う。僕は映画界には何ひとつ貢献していないにも関わらず、およそ20年間、年に数回の頻度で大林さんと同席して市民映像を論じる機会を得た。それはきっと、大林さんがビデオ制作を通じて多くの市民映像を見つめてきた「東京ビデオフェスティバル」を、一方の極として認めていたからだろうと思う。事実、大林さんが市井の作者たちの作品を語るときの言葉は、とても穏やかであり、時に厳しく、そして暖かかった。審査委員の末席にいた僕は、市民の映像に対して、大林さんと多くの言葉を交わすことが出来た。特に戦争を扱った映像に対しての大林さんも眼差しや言葉は、作者たちにダイレクトに響いていたのではないか? そうした思いはプロの監督たちにも等しく向けられていたのだと思う。

 

この映画は、走馬灯のようだと言えばあまりに陳腐な喩えだろうけれども、ピアノを引く老人の姿は、戦時下でピアノ線さえ金属として供出させられたと語った自身であり、今、危機感の中で自由を奏でるような不安定な旋律が悲しくもある。だから、大林監督だけが回顧でき、また、将来を託したり夢を見ることが出来る、壮大な個人映画なのだと思う。

 

ところで、この映画のエンディングに流れる『武器ウギ<無茶坊弁慶>』は、武田鉄矢が歌っているのだが、榎本健一さんの名曲だとは知らずに、僕はダウンタウンブギウギバンドの曲だと思っていた。『棄てましょブギ(無茶坊弁慶ヨリ) 〜イン・ザ・ムード (In The Mood)』は『続 脱・どん底』に入っていて、これは僕が中学校の時に初めて買ったLPレコードだった。歌詞が面白くてすっかり覚えていた曲だった。当時のダウンタウンブギウギバンドが、この曲を選曲していたんだという、感動的な曲との再会だった。

 

 

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