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2020.03.22 Sunday

こういう映画にしたかったのか、こういう映画にしかならなかったのかは判らないけれども、曲名からつけられたこの映画のタイトルは素晴らしい。

『どこへ出しても恥ずかしい人』

監督:佐々木育野 2019年 64

https://hazukasiihito.shimafilms.com

 

 

雪が降った日の新宿でこの映画を観た。雨は覚悟していたけれども、観終わって映画館のビルから見た新宿の裏通りは、明らかに雪が混じって白く舞っていた。今、観終えたばかりの映画の風景が、すぐそこにある。それは少しも不思議ではなくて、目の前の地続きの新宿は、心地よい匂いがした。

 

友川カズキを熱く語ることなど僕には出来ない。だからもしも自分が映画を撮るとすればどういう映画なのだろうかと想像してみるが、どんな映画にすることも難しそうだと思った。この映画に興味があったのは、自分もいま、ギター1本で歌うブルースマンの映画を作っているからだったし、友川カズキという「くせ者」をどうやって映画にするのだろうかという興味もあった。参考になるかもしれないとも思っていた。

 

結論から言えば、「それでも面白かった」ということだろうか? 「それでも」にはいくつかの意味がある。おそらく友川カズキをよく知っている人や、古くからの歌のファンには物足りない内容なのだと思う。なぜこの時期の記録だけなのかという、公開までの隔たりも気になる。友川カズキの、肉や骨を通って吐き出されるような言葉や音は、この映画でも垣間見える。『生きているって言ってみろ』は、衝撃的な歌だったし、今もその歌声は痛切で在る。「それでも」と思うのは、競輪に明け暮れる友川のギャンブル狂の一面が、歌との距離しか作っていないように思われるところだ。ライブの合間で語る「今も頭の中を自転車が走っています」とは、友川の本音なのかも知れない。ギャラがいいから引き受けたというライブの話しも、「金に目が眩んでいる」という言葉も、おそらくはその刹那の本音なのだと思う。ライブの曲間ではこれまでも、か細く、情けない話ばかりしていたはずだし、それは嘘では無かった。「金がなくて、ファンの人がエアコンをつけてくれた」などという話を聞いたことがあった。だからこそ、何日間もずっと一緒に酒を呑んでいたという、たこ八郎とのエピソードも、素直に受け入れることができた。だからこそ『彼が居た、、、そうだ!たこ八郎がいた』は美しい歌だった。映画のサブタイトルに「途方に暮れながら生きる」とは、まさにこういう歌詞が絞り出されるその日々のことだと思う。世間の常識との距離は、底辺で喘ぐような世俗との近さではあるけれども、貧困や博打好きといった解りやすさとも距離がある。世俗に背を向ける表現者か? そう、破滅型の物書きや芸術家と似ていなくも無い。その距離を、気配だけでも知りたかった。

 

だから、友川カズキの日常生活をそれほど観たかったわけではない。競輪場に通う友川の姿は、もちろんそれは日常として面白い。本気だからだ。息子たちまで巻き込んでいる様子には、他人だけれども本当にあきれ果てる。筋金入りのろくでなしだと思う。だからこそ、競輪の歌『夢のラップもう一丁』は素晴らしい。本気のろくでなしだからだ。僕が観たかったのは、どんな姿なのか? 本当は自分でもよくわかっていないけれども、こんな日常の姿ではなかったように思うのだ。それでも、それはこの映画に対しての批判ではない。僕はこのようには撮らないだろうし、撮れない。自分では解釈しきれないのだと思う。だからこの映画を否定出来ない。

 

友川カズキの歌を初めて聴いたのは、全くの偶然だった。テレビ番組でのそれは、カウンターに座る金八先生と三原じゅん子の後ろで(確か吉祥寺の「曼荼羅」)歌っていた友川カズキだった。その曲を聴いてから、すぐに『無残の美』を買いに行ったと思う。渋谷のアピアに見にいったのもそのすぐ後だったか。しばらくしてから、佐々木昭一郎のテレビドラマ『さすらい』(1971年)が再放送され、その若い姿を見た。秋田から出てきて映画の看板描きの見習いをやっている「ギター」と呼ばれる青年の役だった。その後、看板描きをやめてキャバレーで働く友川の姿は、他の役者と同様に現実と区別がつかないものだった。そのほかにも、山本晋也のポルノ映画に出ているらしいことを知ったが、それは見ていない。何れにしても、破滅型の匂いのする癖の強い表現者だと思っていた。最近ではこれまでの文章を集めた『一人盆踊り』(2019年)を読んでいた。「週刊金曜日」(2019年4月22日号)のインタビューは、聞き手でもあった編集部の土井伸一郎さんが教えてくれた。これが、その時点でメディアに載ったの最新の姿だと思って読んでいた。そしてこの映画を観たのだった。

 

友川カズキへの個人的な関心は、明らかに屈折していて、集中的にのめり込んだけれども、一時期の熱は冷めていた。おそらくついていけなくなったのだ。友川の生き方を、少し距離を置いて途方に暮れて観ていた。それでも、中上健次の命日だとか、福島泰樹の最期の授業とか、ことあるごとに周期的に思い出し聴きたくなるような歌だった。自分の中では大きな位置を占めていると今でも思う。

 

この映画について、何か書こうと思っていたけれども、なかなか言葉が見つからなかったのは何故だろう。そんなことを毎日考えていたら、一週間が過ぎた。自分に跳ね返ってきそうだと思ったからか? 何かを書く自信がなかったからか? だから、こんな文章になってしまった。

 

それにしても、2010年の夏の記録を、どうして今、このタイミングでその時期の記録だけで64分の映画にしたのだろうか? 始めからこの夏だけにするつもりだったのか? 何らかの理由で撮り続けることができなくなったのか? 何れにしても、友川カズキに惹かれた者にとってはとても興味深い記録だった。

 

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