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2019.12.13 Friday

ヤングポールの「究極の映画愛」は、映画を「終わらせること」に執着した屈折した愛ではあるけれども、無視できない純粋さと情熱を保っている。

『Ghost Master ゴーストマスター』

監督:ヤングポール 脚本:楠野一郎/ヤングポール 2019年 91

 

4月からのゼミで、たまたま「映画についての映画」に取り組んだ学生がいたことで、あらためて「映画の中の映画」や「映画制作の現場が舞台となった映画」、「映画が制作される過程がいつの間にか映画の本体であるような映画」をいくつか観ていたために、『ゴーストマスター』も興味深く観ることが出来た。この映画でも、映画の撮影現場はたまたま選ばれた設定ではなく、「映画愛」を描くために必然的な選択だったはずだ。入れ子状に展開する映画とそれを撮る映画は、仕掛けを複雑にするだけではなく、物語のためにも十分に魅力的な仕掛けであることは間違いない。だからといって、既にいくつもの優れた「映画についての映画」がある以上、それらを超えるためには、それなりの覚悟と勇気が必要だ。

 

映画を作る者ならば誰でもその終わり方に随分とエネルギーを注ぐものだ。それは、2時間程度で上映される一般的な映画でも、10分の短編でも4時間を超える映画でも同じだと思う。しかし結末の巧みさに溺れているような映画は、せいぜい、よくできたシナリオを見せられているようでつまらない。映画は、やはり、観ることで共振し続けるような、視覚的な刺激の連鎖であるべきだ。もちろん、それは派手な視覚効果を切れ目なく続けるような見世物的興味を指してはいない。何も起こらないような長く静寂なカットでも、驚くほど動揺するような体験はできる。そしてそれらのカットは、終わりに向かって複雑に共鳴していく。問題はその塊をどのように葬るかにある。

『ゴーストマスター』は、映画の始まりから、徹底してこの映画を終わらせることに執着しているように見える。そして、映画を終わらせるためには、そもそも映画はどのように終わるべきか?などという問いに向かい合う必要がある。真面目に考えようとすれば、その過程で「映画」と何か?などと自問するはめになり、「映画をめぐる映画」は、自己言及の迷路に迷い込み、映画を作ることは映画を終わらせることに違いないと、自家撞着にたどり着くこともあるだろう。それはそれで、この生真面目な問いに、立脚点や視点を変えて繰り返し答え続けてきた映画の歴史にも重なる。思考停止の状況に気が付かないふりをして、どうでもいいようなものを量産し続けるよりは、遥かに創造的な営みだ。

 

しかし、「映画についての映画」のような自己言及は、文化的にはそれが疲弊した段階に現れる。それは映画に限らず音楽でも美術でもそうで、その都度、問いは変奏しながら何度でも現れてきた。画期的な答えも解決策もないために、安易なリメイクやリバイバルに救いを求めたり、終わることの出来ないシリーズを作り続けることで延命を図ることになる。それでも、安易な懐古は別としても、解釈の違いや表現の差を面白がることはできる。だから繰り返されてきた。

「映画についての映画」といえば、すぐにでも思い出す『カメラを止めるな!』という映画は、本来は隠される舞台裏を前面に押し上げることで、滑稽な「映画愛」を描いて見せ、それがあたかも映画の核心であるかのような誤解をさせたことで、自己言及をポジティヴに転換して、「映画好き」を喜ばせたらしい。しかし、よく耳にする「ナタバレ厳禁」が示しているように、その終わり方を隠すことでしか保てない訴求力とは、いかにも儚い。

 

もちろん『ゴーストマスター』をその程度の映画だと言いたいわけではない。B級ホラー映画に固執する助監督の黒澤明がしたためた自分の脚本が、唐突に予想外の力を持つことで荒唐無稽なストーリーを強引に引っ張ることは、映画として面白い。過剰な暴力を次々と引き寄せてしまう魔力のような設定は、それが「映画」だから許される悪戯だと言えるし、最後まで見せ続ける力量には感心する。「映画」とは、そもそも、始まってしまえば終わらなければならいという、そんな単純な動機で編まれていれば十分だと監督・ヤングポールは思っているだろうか? その単純さに、どこまで自覚的であるかが実は重要な問題なのかもしれない。映画を終わらせることが美しいと胸を張って言ってほしいと願う。今動いている映画を執拗に、暴力的に終わらせようと、何度も試みるその「終わり」への自家撞着こそ、うんざりするほどの屈折した「映画愛」を共有するための手引なのだと確信していれば、この映画はきっと許される。僕はそれを好きだと言ってもいい。

 

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