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2018.04.24 Tuesday

男はなぜ、馬を放ったのだろうか?

『馬を放つ CENTAUR

監督・脚本・主演:アクタン・アリム・クバト 2017年 キルギス/オランダ/フランス/ドイツ/日本 89

 

「馬を放つ」とは馬を逃がすこと。邦題はとてもわかり易いけれども、中身をそのまま言い当てているような気もして、少し味気ない。原題のCENTAURはケンタウルスだから、ギリシャ神話上の半人半馬の種族の名である。映画のスチールを見るとむしろこの原題のイメージを大切にしている感じだ。

 

村人からケンタウロスと呼ばれる男は、なぜ、馬泥棒をしてまでひとの持ち馬を放つのか? 映画の冒頭で放たれる馬は、レース馬として高価で取引された馬らしい。この地のレースとは何なのだろうか? レースのシーンは現れない。男の親戚はこの馬の持ち主で、レース馬を育てることで富を得ているらしい。夜中に馬を盗んで、その馬で夜の野を走る。そして馬を放つ。男の行為には、何の利益もない。このシーンを観ながら、「ポトラッチ」を思い起こしていた。「ポトラッチ」は象徴交換といい、富を得るのではなく、儀式的に価値を交換する。むしろ積極的に損をすることで、その価値を認め合う。未開の部族などで認められた人間独自の経済活動だ。カール・ポランニーやその紹介者でもある栗本慎一郎の著作で知った。例えば、ある部族で婚礼が成立すると、娘を送り出した一族は「娘がいなくなる」という損失をする。娘を迎えた家族はその損失に見合うように自分の家畜を殺す、といった行為だ。無駄な損失を自らすることでその価値を認めあうという、前近代的な、むしろ野蛮な行為のように思われる。これが実質的な価値交換であれば、家畜は殺されずに娘の両親に贈られる。象徴だから、お互いに勢力を同じにするという、損失した側に合わせる行為だ。これは日本でもあったらしい。例えばこんな話だ。あるとき道でばったりと幼馴染が出会った。ひとりは酒を、もうひとりは素焼きの器を売っている。出会ったことで、酒売りは自分が持っていた酒を飲もうと言い、二人は酒を飲んだ。別れ際に素焼き売りは、「お前は売り物の酒を飲ましてくれたから、自分も売り物の素焼きの器をそれに見合うだけ割る」と言って売り物の器を壊したという。お互いに損をするだけの行為は、何故か微笑ましく、豊かな気持ちにさせる。そんなことを、この映画を観ながら思い出していた。もちろん、男の馬泥棒は犯罪であり、馬の持ち主にとっては巨額な損失だから事件となる。だけど、この馬を放つという行為は、今の金の価値では測れない、長い時間の流れに呼びかけるような豊かさを孕んではいないか? 馬が馬らしくあるように、あるいはヒトと共存(馬にとっては従属かも知れないが)していた頃の馬らしさを取り戻すこと、それができないのであれば、せめて、自由に野を駈ける時間を与えること。それが男の望みだったのではないだろうか?

 

外国の映画を観ると、いつもたくさんのわからないことを突きつけられる。映画が教えてくれるわけではない。だから考える。そして、答えが出ないことに自分の無知を悔やむ。いや、知っていたからといって出てくる答えではないかもしれない。だから、また、考える。その連鎖が面白い。

キルギスのことなど、ほとんど何も知らないことにあらためて気がつく。人々のルーツも、生活も、宗教も言語も、食も。馬と人との生活が、かつては今よりもよほど密接だったのだろうと想像する。さらにもっと昔には、騎馬民族としての誇りある歴史があったのだろう。

この映画の主人公が、自らの血の中に抱いているその末裔としての誇りは、現代のキルギスの地では相容れないのだろう。大工として生計を立てる男は、地味な夫であり、父親であり、時代遅れな血筋をひきついでいる土地の記憶でもある。明らかなモンゴリアンの風貌は、彼の妻とも、親類とも、村人の何人かとも違い、最もその地の男にふさわしい顔つきを持っている。カザフスタンなどの隣接する中央アジアの映画を観ると、登場人物の顔つきの豊かさに驚く。明らかなアジア系と、ヨーロッパ人のような人たちが混在している。かつては国境など無かったこれらの土地では、人は自由に行き来し、土地に執着することも、人種にこだわることもなかったのだろう。宗教も言語(公用語)も、後づけの文化でしか無いのだ。だから、この映画の主人公の男の顔は、その土地の歴史や記憶を継承していることが見ていて分かる。

 

馬をめぐる映画は魅力的だと思う。アイスランドの『馬馬と人間たち』(2013年)を思い出した。この映画もとても美しい映画だった。

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