<< 『願いと揺らぎ』を観たら、何かを知った気になっていた自分は何なのか、と問うしか無い。 | main | 男はなぜ、馬を放ったのだろうか? >>
2018.04.06 Friday

215分の映画から見えてきたのは、少しも変わらない「ニッポン国」の姿だった。

『ニッポン国 vs 泉南石綿村』 監督:原一男 2017年 215

 

東京新聞によると、2018年4月4日は、安倍晋三総理大臣が新人官僚約750人の前で訓示をした。「国民の信頼を得て負託に応えるべく、高い倫理観の下、細心の心持ちで仕事に臨んでほしい。」と呼びかけ、今年が明治維新から150年であることを踏まえ、当時は若い官僚が近代化の基礎を作り上げたと紹介。「先輩たちに負けないくらいの気概を持って、仕事に取り組んでほしい」と求めたそうだ。『ニッポン国 vs 泉南石綿村』を観た翌日にこの記事を読み、苦い汁が喉の奥から染み出すような感覚を覚えた。安倍総理はよほど明治150年が好きなのか、このタイミングで近代化の礎を持ち出さなくても良さそうなものだけれども、そこまで遡らないと立派な先輩はいないのだろうか? と思ってしまう。いや、「先輩たち」と言えば、つい先日、役人魂を徹底して官邸を守る答弁に終止した偉大なる「先輩たち」が直ぐに目に浮かぶ。絶好のタイミングでの訓示だから「あの姿がみなさんのあがりですよ」と言ってくれればよかったのに。

 

こんなことを書いているのには理由がある。『ニッポン国 vs 泉南石綿村』を観て幾つものシーンが他の映画とも重なったからだ。映画の終盤に厚生労働省に謝罪を求めて訪ねる原告団を迎えたのは、入省から数年だろうと思われる若い職員だった。しかも総務課(おそらく労働基準局)だという。厚労省には「アスベスト問題」に特化した対応部署があるはずだ、なぜ総務課のあなた達なのか?と詰め寄る。その後の対応に現れたのは安全課(おそらく労働基準局安全衛生部安全課)だと名乗る、やはり若手の職員だった。原告団の柚岡一禎は「我々が十数人で来ているのに、何と失礼な対応か!」と怒る。既に最高裁の判決で国は敗訴している。原告団は厚労大臣からの直接の謝罪を求めていた。数日にわたる直訴の場には、上司と思われる担当者は現れるものの、この件の直接の担当者も、当時の塩崎大臣も姿を見せない。同じ国賠訴訟の一部は差し戻しの対象だという理由からだった。厚労省は誰の方を向いて仕事をしているのか? つい最近、財務省に対して多くの国民が感じた疑問は、ここにも横たわっている。もちろん、この映画だけに現れたことではない。すぐに思い当たるのは三上智恵監督の一連の沖縄映画である。高江の住民にまともに向かい合わず、口ごもった対応に終止する沖縄防衛局の職員たち。「オスプレイはここには来ない」と言い続けてごまかしが効かなくなった防衛省の担当者。あるいは、水俣病の映画に出てくる厚生省(当時)の門前でのやりとりは、この国の省庁の体質が何ひとつ変わっていないことを思い起こさせる。

 

水俣病の映画と言えば、患者たちのリーダーだった川本輝夫とこの映画の柚岡一禎を重ねた人もいたかもしれない。国が抗告しないように首相に直訴すると言い出し「建白書」を準備して手渡そうとする姿や、厚労省に強引に入ろうとするその無謀な怒りは、かつてチッソに直訴し、島田社長の目の前であぐらをかいて詰め寄る川本輝夫の姿に重なる。しかし、原一男監督が言うようにこの一連の裁判には、水俣病闘争のような爆発的な怒りは、その発露の場所もぶつける当事者もいない。状況を詳しく知っているのかどうかも怪しく、上司から言いつけられた若い職員が、誰かに見せるかどうかもわからないメモを取り続けるだけだ。まるで花見の場所取りのように、陳情団への対応は、若い職員の通過儀礼だと決まっているかのような無意味な対応だった。映画を観ながら、「もしかするとこうした対応は、水俣病の教訓から学んだ所作なのかもしれない」などと考えていた。裁判闘争は手続きの連続であり、怒りを直接ぶつけても、それらが反映される見込みは少ない。怒る側は常に同じメンバーで、対応する側はすぐに担当者も変わる。水俣と同じように、運動で要する時間は病んだ被害者を次々に死なせていく。結審を見ずに死んでいった泉南の被害者たちは、映画の最後に遺影として現れる。21人。映画の撮影は8年に及んでいるというから、最後に数えられた死者たちは、映画の中ではそれぞれの生きた証言をしている。映画が静止するたびにその人が亡くなった日付が出てくる。こうした裁判の手続きは、原告が死ぬのを待っているようにゆっくりと進んでいく、といえば言い過ぎだろうか?

 

東日本の震災と原発事故から7年が過ぎた。仮設住宅の住人や自主避難をした人たちは、住宅費の打ち切りや理不尽な退去を強いられている。補償を巡っては水俣と同じことが起こるだろうと、原田正純医師は心配しながら他界した。水俣病では認定と補償をめぐって、医学は患者の側ではなく、国の側に立って被害者たちを線引した。アスベスト訴訟でも、家族や近隣者は同じような症状であっても線引され、補償の対象から外された。訴えを起こしている人たちに共通することは、国策に等しいエネルギー政策や、高度経済成長を牽引した産業の犠牲者たちだということだ。

215分の映画から見えてきたのは、「ニッポン国」の姿だった。戦後から少しも変わらずに、脈々と代替わりを繰り返しながら「ニッポン国」という巨大な何かを支え続ける人たちと、その成長を最底辺で、目に見える形で支えながら、時期が来れば棄民のように虐げられた人たちだった。

コメント
コメントする








 
Calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>
翻訳ツール
Facebook svp2ページ 更新情報
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Recent Trackback
Recommend
戦うビデオカメラ―アクティビズムから映像教育まで
戦うビデオカメラ―アクティビズムから映像教育まで (JUGEMレビュー »)
佐藤 博昭
佐藤博昭、渾身の一冊です。個人映像の展開へのヒントになれば…。
Recommend
シリーズ 日本のドキュメンタリー (全5巻) 第1回 第1巻 ドキュメンタリーの魅力
シリーズ 日本のドキュメンタリー (全5巻) 第1回 第1巻 ドキュメンタリーの魅力 (JUGEMレビュー »)
佐藤 忠男,吉岡 忍,森 まゆみ,池内 了,堀田 泰寛,小泉 修吉,矢野 和之,佐藤 博昭
Recommend
Recommend
映画は世界を記録する ドキュメンタリー再考(日本映画史叢書 5)
映画は世界を記録する ドキュメンタリー再考(日本映画史叢書 5) (JUGEMレビュー »)

佐藤博昭が「ビデオ・ジャーナリズムの現在」の項を担当しています。
Recommend
スーパー・アヴァンギャルド映像術―個人映画からメディア・アートまで
スーパー・アヴァンギャルド映像術―個人映画からメディア・アートまで (JUGEMレビュー »)
佐藤 博昭, 西村 智弘, 「Cine Lesson」編集部
SVP2を主催する佐藤博昭の共著本。
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM