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2016.03.23 Wednesday

樽川さんの言葉だけが、すべてだった

 

『大地を受け継ぐ』 監督:井上淳一 2015年 86

https://daichiwo.wordpress.com


僕は疑問に思った。この映画の力は何なのかと。福島県須賀川市で農業を営む樽川和也さんの言葉がすべてだ。90分位を樽川さんの家の座敷で、その話を聞いている。冒頭の新宿のシーンで、バスに乗り込む若者たちが映される。その若者たちは、じっと樽川さんの言葉を聞いている。観客も聞いている。若者たちは1日だけ、樽川さんの思いに、想像を傾ける。観客も同じようにそこにいる。カメラも、監督もそこにいる。

この映画を観終わったあと、予定にはなかった監督の挨拶があった。「この若者たちの中に、引っかき傷のように、樽川さんの言葉が残ればそれでいいのではないか」と監督は言った。映画のラストで新宿駅に三々五々消えていく若者のの映像は、きっとこの一日の体験が、それぞれに記憶されていくのだろうな、という印象は残す。事実、その後の彼らのコメントは、パンフレットに記されているのだという。僕はその言葉を読む気持ちになれない。原発の後、お父さんが先行きに絶望して自殺して、それでも農業を続けている樽川さんの言葉を直接聞いた若者が、どんな言葉を残したか? 実はそんな言葉はどうでもいいのだと意地悪く考えてしまう。 11人の若者のうち一人でもその引っかき傷のようなものを大きな問題として抱えたからといってなんなのだ。物事はもっと大きな問題なのではないか? いや、もちろん、わざわざ話を聞きに行った若者たちが、どういう受け止め方をして、それを誰かに話しをして、それが次に繋がるかもしれないという希望は理解できる。では、この映画そういう希望を見据えた問題提起の映画だったのか? 僕は、この映画が、『ショア』のように、幾つもの証言を集めた映画になれば意味があると思う。

監督は、樽川さんの沈黙の奥に、大きな問題があり、その沈黙を伝えたかったのだと言った。僕は今、その沈黙の奥底の問題を感じ取ってもらいような場合ではないと思う。樽川さんの沈黙に意味を見出すよりも、もっと伝えなければならなかった映像があったんではないか? 僕の不満はその一点だ。 この映画はよく言おうとすれば、小川紳介の『三里塚部田部落』のように、言葉以外の動きはない。しかし、そうだろうか? 僕はこの映画に、若者たちの体験を持ち込んだ時点で、映画の意味は違ったはずだと思う。だから、この映画をあえて、ダメな映画だったと言いたい。

もちろん、樽川さんとお母さんの言葉を大切にしたいという意志は、最大限に尊重したうえで。

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