「あるがまま」をただみつめるだけだった

『袴田巌 夢のなかの世の中』 監督:金 聖雄 2016年 119分
http://www.hakamada-movie.com
撮影対象の人物やその家族の時間を、まるで一緒に過ごしたかのような錯覚を覚えることがある。そんな時間の共有ができるような映画に惹かれる。もちろん、限られた上映時間で完結する映画は、制作者の側の時間配分にコントロールされる。ゆっくりとしたテンポの長回しだから時間を共有できるというものでもない。それでも、登場人物と同じ時を体験しているような感覚を覚えることがある。この映画もそうだった。
監督の金 聖雄(きむ そんうん)さんの映画では『SAYAMA 見えない手錠を外すまで』(2013年)がそうだった。あるいは本橋成一さんの『アラヤシキの住人たち』に、同じような時間感覚を覚えた。いずれも大きな出来事が起こるわけではない。とりわけこの『袴田巌〜』は、現実世界に戻された元死刑囚が、経験した日数のほうが少ない「当たり前の日常」を送る映画だ。その日常とは、袴田さんの意識の中では、時々どこか違う場所の出来事のように、容易に妄想の世界と入れ替わる。獄中で書かれた手記には、すでにその妄想の世界が見える。犯罪者も死刑囚もなく支配者もなく、あるいは自分が支配者で、云々といった、どこを指しているわけでもなさそうな世界が、確かに袴田さんの頭のなかにはありそうだ。時にその世界の住人であり、現実に秀子さんと暮らすのは、老いた兄である。
死刑判決を受けながら無罪を主張し続け、2014年3月27日に冤罪に関わる再審が決定して、48年間の拘留から妹・秀子さんのもとに戻った。戻ったというよりは、48年間疎遠だった肉親と再会して、生活をともにし始めたということだろう。48年間の拘留を想像することも出来ないし、無実でありながらその言葉が届かない無念さも理解できるはずはない。そこでどんな精神的な変化が起こったとしても、無理はなかろうということくらいしか思いを巡らせることは出来ない。それは、家の中の決まった場所をひたすら歩き続ける姿を見続けることで、ほんの少しだけ解った気になるのだ。昼寝をしている姿も、食事をしている姿も退屈だとは思わなかった。
「巌のあるがままの姿を見て欲しい」と、チラシには秀子さんのコメントが載っている。あるがままを約2時間見続けることが出来たのは、袴田さんが、今を生きていることだけが真実として伝わるからだろう。もちろん、冤罪とその被害者という国家による犯罪が描かれている。それでも、この映画には、掘り下げるような意味や意図、あるいは批判やメッセージがあるようには思われない。ひたすら現実の表側を流れる二人の日常しかない。
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