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2015.03.13 Friday

聞こえてこない声の中に真実がある

 

『小さき声のカノン 選択する人々

監督:鎌仲ひとみ 撮影:岩田まきこ 製作:小泉修吉

2014年 119

http://kamanaka.com/canon/

この映画の中心は、小さな子供をもつ母親たちだ。福島県二本松市の真行寺(真宗大谷派)では、佐々木るりさんが、副住職の夫・道範さんと5人の子どもたちが暮らしている。寺では幼稚園を併設していて、震災・原発事故後もここに留まっている。幼稚園があることも大きな理由のひとつだが、ここに通う子どもたちを可能な限り外部被曝・内部被曝から守ろうとしている。ここで暮らし続ける決意は、周囲の母親たちにも伝わっていった。NPOを立ち上げ、食品の放射能測定器やホールボディーカウンターを購入して、定期的に子どもたちの被曝量を測定しているという。佐々木さんの長男は牛乳が好きで、原発事故の後には尿から基準値をはるかに超える放射線値が検出されて動揺したのだと語る。口にする食品をすべて測定し、通学路の放射線値を測り、高い値が出れば自ら母親たち(ハハレンジャーたち)に呼びかけて除染作業をしている。売り地になっているその空き地は、市に頼んでも除染してくれないのだという。加えて定期的に子どもたちの値を測り続けるストレスは、僕らの想像を超えていることだろう。佐々木さんの事例が一般的ではないことは、自宅がお寺であることと関係がある。恵まれているといえば語弊があるが、同じ大谷派の寺や檀家を通じて、汚染のない地域から野菜や食料が届く。こうした支援の野菜などを周囲の母親たちを分けあって、子どもたちの被曝を抑える活動をしている。食を通じた奉仕活動が「いつも、もらっているだけではなく、何か私にも手伝えないか」と母親たちを行動に駆り立てた。その環は、地域から少しずつ遠方にも広がっていく。

 ちょうど昨日(2015311日)の東京新聞の記事にもあったが、福島県立医大を中心として行われてきた網羅的な住民の被曝調査は、明らかに特別な値を示している。その値が震災前のものと比べて飛躍的の上昇し、甲状腺がん、あるいはその疑いのある結果がでていても、検査の担当者は「想定の範囲内」なのだという。つまり、網羅的に調べたから高い値がでたので、原発事故との因果関係を証明できない、という見解だ。因果関係をけてい付けるには、被ばく線量と甲状腺がんの発生との関係を調べる必要がある。しかし、震災後の全県民を対象とした行動調査は、回答率が低いという理由で縮小されようとしている。せっかくこれまで続けてきた網羅的な検査データ収集が縮小されれば、原発事故との因果関係は、ますますグレーになっていく。

 そしてチェルノブイリとの関係では、甲状腺がんの発生率が急上昇するのは事故から4年後というデータが出ている。これから、多発するかもしれない甲状腺がんは、とくに子どもの発生が心配される。チェルノブイリでは事故後の小児甲状腺がんの発生率は700倍だったそうだ。

 ベラルーシでは事故当時に現地の小児科医だった女性が中心となって、現在でも定期的に子どもたちの転地保養が行われている。日常的にどうしても避けられない低線量の被曝による蓄積を少しでも減らす方法として、汚染のない地域で24日間ほど生活するプログラムだ。世界各国に受け入れる地域や施設があり、日本にも受け入れ組織がある。原始的な解決方法のようであっても、汚染のない地域で暮らし、汚染のない食品を食べ続けることで、尿での測定値は著しく減少する。ベラルーシでは現在でも、子どもたちの体内被曝を調査し、そのデータを蓄積している。転地保養のようなプログラムで健康状態を回復した子どもたちも多いという。地道なデータ収集による裏付けによって国や自治体が動いた。世界各地にも支援体制が広がったことも大きい。

 ベラルーシで出来たことが福島ではできないのか? このことが映画を見ているあいだじゅう反復していた。しかし、日本では、あろうことか被曝線量の基準値を引き上げた。原発事故前の年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに。これは事故前の原発作業員の許容値だ。原発作業員は20ミリから50ミリシーベルトに引き上げられた。この数値を安全なのだと、一体誰が保証するのか? 世界の健康基準の共通認識は年間1ミリシーベルト以下だ。

 佐々木さんたちは、学校給食があるのに、子どもたちに家から食べ物を持って行かせている。国は福島県産の農作物を給食に使うと、その自治体に補助金を出している。佐々木さんたちは、基準値以下の値しか検出されなくても、ゼロか限りなくゼロに近い値の食事を子どもたちに与えたい。しかし、弁当を持参する子どもたちは減り続けているそうだ。そして、弁当を持参する子どもたちが特別視され始める。学校側からすれば「持ってこられない子供もいるのに」ということだろう。あるいは県民がみんなで地産の野菜を食べようとしているのに、水を注している、と非難されるだろう。神経質すぎる変人だとからかわれるかもしれない。そうした事例は既にある。「子どもたちを守りたい」という小さな行動が存続するためには、思わぬ障害もあるのだと思う。佐々木さんの子どもたちも、転地保養に参加している。こうした行動も、「できない子もいるのに」という非難の対象になりかねない。

 この映画には被災地から遠くに避難した親子も出てくる。福島県は避難区域以外であれば自主避難とされ、保証も補助もない。それでも非難を決断した親子はいる。やはりそこにも、「できない家もあるのに」「みんなが故郷に戻りたいと、がまんしているのに」という声が聞こえてくる。どちらの声にも真実はある。そしてどちらにも寄り添わない行政の態度は今でも、今後も続いていくのだろう。こうした細部の矛盾を知ることが出来るのは、現地に長期で出かけるか、このようなドキュメンタリー映画を観るしかない。

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