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2014.03.07 Friday

僕は鞍手高校出身なのに、こんなことも知らなかった

 

『上野英信の肖像』 岡友幸 海鳥社 19891114日発行

 

テレビの報道にうんざりした時など、今の世間とはかけ離れたテーマの本が読みたくなる。こうして「買ったけど読んでいなかった本」を時々、手に取る。

 

上野英信の名前を初めて聞いたのは、同郷の記録映画プロデューサー・川井田さんと話をしていた時だった。僕は筑豊地区の高校を卒業していたのに、上野英信の名前に聞き覚えがなかった。高校時代には、どこかでその名を耳にしていたかもしれないけれども、僕の中のどこにも残ってはいなかった。川井田さんとの会話の中で、きっと「恥ずかしい」と思ったのだろう。福岡の書店でこの本を買い求めた。それでも、すぐに読み始めなかったのは、きっとその時には、別の方向に興味が向いていたんだと思う。こうしてふと、特に決意があったわけでもなくこの本を取り出して読むと、読書というのは偶然のタイミングが面白いのだと、あらためて思う。そして結局は、離れたいと思っていた今の問題と繋がっていく。

 

この本は、上野英信の生き方を知るとてもいい入門書だと思う。写真資料がとても豊富で、その時々の様子が想像できる。文章が少ないので、概要という印象はあるけれども、その概要の作り方に、上野と同じ時間を過ごしたことがある著者の愛着が感じられる。上野の足跡をたどった前半は、その生い立ちから炭鉱労働者になるまでが記されている。福岡県八幡市(現北九州市)黒崎に生まれた上野は、八幡中学を卒業して旧満州国建国大学に入学するが、在学中に学徒招集を受ける。熊本に転属され、広島での被曝も経験している。敗戦後は京都大学に編入し、中国文学を専攻するが、中退して炭鉱に赴く。19481月から1953年まで、いくつかの炭鉱に移りながら鉱夫を続けている。

「労働と文学」の項からは、その次代の上野の文章が引用され、鉱夫をやめる経緯や、様々な労働者との出会いがきされている。その背景には朝鮮戦争の終結と戦争特需から深刻な不景気への転落、レッドパージ、労働闘争、閉山など大きく揺れ動いた時代が映し出される。炭鉱を処分退職させられた上野は、直後からガリ版刷りの「地下戦線」の制作に取り組み、「筑豊文庫」の設立へと繋がっていく。この頃の「筑豊文庫」の様子も掲載された写真で窺い知ることが出来る。ここを訪れた作家の写真には若き日の石牟礼道子の姿がある。上野が「水俣」に共鳴し、さらに、国策でもあった移民政策(上野は棄民という)で南米に移住した労働者たちを追い、南米で出会った沖縄からの移民の事情にうたれ、やがて沖縄を訪ねる。『眉屋私記』が出版されるのが1984年。1987年に亡くなるまで、その続編に取り組んでいたのだという。『眉屋私記』のことは、記録映画『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(2007年)を作った波多野哲朗さんからも聞いていた。沖縄からの移民は、事情がさらに複雑で、1世の移住は約80年前に遡る。波多野さんの映画では戦中に投獄された「パノプティコン式刑務所」を見ることが出来る。

 

この本の終りの部分で、炭鉱労働者であり、夥しい炭鉱画を残した山本作兵衛さんととの交流が記されている。大酒飲みだったという作兵衛さんは、晩年には病に苦しみながら、入院を「自殺」と言って忌み嫌っていた。しかし、息子夫婦の同居の誘いを断るために、意を決して入院した。自分が手に入れた小さな土地で死にたい。そのためには病を直さなければならないというのが理由だったのだという。作兵衛さんの人柄を表した美しいエピソードだ。

筑豊〜広島〜水俣〜南米〜沖縄へとつながった上野英信の足跡を概観し、自分が概観するのはあまりにも失礼なことなのだなと、早速上野の著作を検索している。

 

自宅を兼ねて「筑豊文庫」が置かれた鞍手郡鞍手町新延には、現在はその跡地に上野の長男・朱さんの自宅があるという。このあたりに住む自分の同級生もいたのではないかと思う。次回は是非とも訪れてみようと思う。

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