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2005.12.23 Friday

「次々に席を立つ観客」について思うこと

ふふふ、インターナショナルな映画祭、というものについてはまた書きたいこともいろいろあるのですが、そういえばドメスティックと題する映画祭ってないですね。って、重箱の隅を突き過ぎですか?

さて、「次々に席を立つ観客」について思うことは私もあるので書いてみます。コメントとして返すには長くなりそうなので、改めてここに。

たぶんこのことは映像を見る、ということだけに限らない状況だと思う、これは。例えば純文学の売り上げが、音楽CDの売り上げが落ちてきているように。この何十年、私たちは「与えられる」ことに慣れてきた。それも充分に至れり尽くせりのサービスで、自ら考えることを忘れてしまった。なんといっても時間のスピードが違いますからね、早く物事を進めていくためにはわかりやすくなくっちゃ駄目なんです。一つの映像作品について延々と考えていたりなんかしたら、24時間数百チャンネルあるテレビ番組なんて、見てられませんよ。

ってなところだろうか。
考えなくても「見る」ことはできるから、お陰さまで想像力も衰える。知らないもの、知らない存在に対しては、わからない、理解できない、だけで済ましてやりすごしてしまう。でも、わからないからもうちょっと知ってみよう、考えてみよう、という前向きな姿勢が全てのコミュニケーションを図るのだ。わからなくてもいいじゃないか、わからないんだったらもう少し「粘ってみよう」「待ってみよう」この余裕が頭の想像力を動かし始める。

現代日本では待つことなんてしない。ものすごいスピードで進む社会の中では待つ余裕を持つことは難しい。それどころかその難しささえ感じなくなってきてしまっている。だからこそ、観客はすぐに席を立ってしまうのだ。その諦めの良さというか、素直さといえばいいか。

今ドイツにいて、この差を感じることがしばしばがある。
普段の生活からして、こちらの人はたいてい「粘り強い」。物を買うときはしっかりと時間をかけてその品質や値段についてチェックする。店のカウンターではえんえんと質問のやり取りをしている。だから駅の切符売り場にはものすごい長い列ができる。いわく、鉄道のシステムが複雑な上に対応スタッフが少ないというが、私から見ると、納得するまでその場で質問を繰り返す客にも原因はあると思う…。映画についても、金を払ったからには気に入らなくても最後まで見てみる。わからないことがあれば、しつこく訊く。こうした「粘り強さ」が、日本に比べて遅い社会の速度を生み出している気もするけど、それで大きな問題があるかといえば、むしろ迅速に物事を処理しようとする日本の方が大きな問題が発生している気がする。例えば過密ダイヤのせいで起きたといわれる福知山線の脱線事故はここでは考えられない。新幹線にあたる特急でさえ、30分遅れはよくあることだ。(ワールドカップの時が思いやられるけれども…)

もちろんこちらでもヘルツオークの映画はメジャーなものではないし、文化の貧困状況は残念ながら景気の後退とともに、日本に近付いている。それでもまだ普段の生活のスピードを思うと、日本のそれは異常に思えることがある。

物事をゆっくりと長期に渡ってみていくこと、そのことは特に戦後の復興に合わせて日本は置き去りにしてきたと思う。

さて「どうして10分で観客が席を立つのか」という問題に話を戻すとして、その作品を面白いと思うか思わないか、というのは個々の傾向もあるとは思うから、面白いと思わない人がいても当然だ。問題なのは、面白くない、と冒頭の10分のみで判断してその場を立ち去り、それ以降の体験の機会を放り捨ててしまうことだ。金を払ったんだから最後まで見てやる、というせこい思いでもまずはいい。そこからその先に展開する面白さを見つける可能性はあるし、最後まで見た時点で面白くなかったとしても、そこでは作品に対してフェアな立場で議論ができる。冒頭の10分だけで見るのを止めて、面白くなかったと文句を言うだけでは、ただの文句っ垂れで、議論にも批評にも成り得ない。さらに言えば、そこでどうして面白くなかったか、ということを考えることだって、映像に対する自身の考えを広げるためには有意義なことなのだ。私がよく学生に言ったのは、面白くないということだけで止まらないこと、なぜ面白くないのかということを考えることも、自分の映像に対する概念がどういったものなのかを知っていくためには重要だということだ。目の前の疑問、得体の知れないものに対して、なぜ?と問いを持って食い付いていくこと。それが足りない。皆諦めが良すぎやしませんか?

確かにテレビ番組やハリウッド映画の安易さに慣らされていることも原因だとは思うけれども、でもこの問題って実はもっと根本的なものだよな、と思うたび、文化の危機は深刻だ、と思ってしまう。というか、人間の知性の危機ですね。自分にも、あせらずにやっていこうぜ、と言い聞かせるこの頃です。

と言いつつ、年末の片付けにはあせってます。これから買い物に行かないと、しばらくの食べ物がなくなってしまうので…。皆様、よいクリスマスを!
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