2019.09.08 Sunday

確かに希望が描かれているはずなのに清々しい気持ちになれないのは、構造的な貧困の連鎖と失われていくものの大きさが、重く深くのしかかってくるからだろうか?

『風をつかまえた少年』 原題:The Boy Who Hernessed the Wind

監督・脚本・出演:キウェテル・イジョフォー  2018年 イギリス、マラウイ 113

 

チラシを手にしてから、その映画のために想像をふくらませる時間は楽しい。この映画の主題が「たったひとりで風力発電を作った」というキャッチコピーで表されるなら、小さくても希望を感じる清々しい映画なのだろうと思った。原作は絵本にもなっていることを知った。実在のウイリアムがアメリカの大学に進学し、多くの人に知られたのは、奇跡的であっても嬉しい事実だ。現在は農業や水、教育の分野で仕事をしていると書かれていた。

 

この映画の根底にあるのは、マラウイ共和国がアフリカ最貧国のひとつであり、映画の中心は主食のトウモロコシと水をめぐる困難さである。2001年に起こった大旱魃は貧しさを加速させて、タバコ産業に土地を売るかどうかを迫られる。木材を伐採して燃料として売れば、一時的な収入にはなるけれども、それは水害を加速させるし、旱魃にも耐えられなくなる。僅かな木々を手放せば取り返しがつかなくなることは解っているが、当面の貧しさを乗り越えられない。地域の未来のためにも、子供を学校にやりたいという親の希望は、食料と水と貧しさの問題を克服することよりも、遥かに優先順位が低い。回り道のように見える知恵を育てた少年が、この土地を救うという、美しいがそれでも儚い希望の物語なのだ。

 

この映画では、主題とは少し距離をおいて、葬儀の儀式が印象に残る。葬儀の最中に、おそらくこの土地に伝わる精霊に扮したグループがやってくる。彼らは皆、仮面をかぶり鳥の羽を頭につけて、足の長い大きな鳥のようにも見える。かつての土着の民族が残した風習に従っているのだと思う。死者を死者の国に送る役割を担う「マレビト」たちではないか。葬儀の場面ではその役割を演じるが、疲弊して力尽きた姿も描かれる。この国や土地の姿を象徴しているのだが、視覚的な印象はそれ以上の効果をもたらしている。

 

それにしても、粗末な風車と自転車のライトを灯すダイナモを組み合わせて、僅かな電力を得るというのは解るのだが、その電力をポンプに使ったのかという素朴な疑問があった。井戸から水を汲み上げるシーンでは、いくらかの違和感があったからだ。そもそも井戸には常に水があったとすれば、それを組み上げる知恵は、少年の発電を待たなければならなかったのか? 人力で組み上げるのは効率が悪いことも理解できる。それでも、井戸には水があるのだから、なんとかならなかったものかと思う。マラウイには広大なマラウイ湖があるので、地形的には地下水は豊富なのかも知れない。おそらく井戸を掘る、水を汲み上げるという基盤づくりの作業が、農作業のために事業化されていない現実を描くことが重要だったのだろう。このことが、将来の希望よりも不安を掻き立てる。もっと大きな旱魃は来ないだろうか? もっと深刻な水害は、この程度の知恵で防ぐことができるのだろうか? 構造的な貧困の連鎖は簡単には回避できないだろう。それでも、それでも、こうした儚い希望を称賛することに戸惑いはないか。安全な場所から紛争の行方を眺めて、ため息をついているようなものではないのか。

 

公用語が英語だということにも少し戸惑いがあったが、マラウイは1891年にイギリスの保護領になり、1964年に独立してマラウイ共和国となっている。

 

 

2019.08.25 Sunday

この子らの絶望に対して、自分にできることは何ひとつ無いという絶望

『存在のない子供たち』 原題:Capharnaüm(カペナウム)

監督・脚本・出演:ナディーン・ラバキー 主演:ゼイン・アル=アフィーア

2018年 レバノン、フランス 125

http://sonzai-movie.jp/about.php

 

目の前に広がる風景は、一体どこの地域なのだろうかと、自分の記憶や既視感を手繰り寄せてみる。どうやら中東のどこかであるらしい。僅かな知識でも、その少年の目を見れば、最貧困層の居住地域らしいことだけはすぐに解る。難民キャンプではなく居住地域。どこからか逃れてきたのかも知れないが、仮住まいではない積年の生活感が、彼らの貧相な持ち物からも窺い知ることができる。幼い子供たちがゴロゴロと雑魚寝をする小さな部屋は、彼らの薄汚れた衣類からの匂いさえ感じることができる。少年・ゼインは、この家庭では子どもではなく、ごく若い労働力でしかない。すれ違う学校の送迎車の前面には、そうして荷物を運ぶことが違反でも非常識でもないと言わんばかりに、通学用のリュックが無造作に押し込まれている。まだマシな子どもたちが、幼い労働者を見ている。当たり前のように重労働を日課として、仕事を終えるといくつかの食料をもらい、ついでに見つからない程度に盗む。小さな商店の雇い主は、その家族の家主でもあるらしい。路上ではどうやって作ったのかはわからないが、赤い飲み物を並べて自家製ジュースと称して売る。「死なない程度に生きる」という、どこかで聞いたような言葉が浮かんでくる。映画に映し出されるこうした細部が、物語の強度をさらに補強するかのように、その少年の目は鈍い輝きを大人たちに向ける。

 

あるとき、妹・サハルの初潮に気がついたゼインは、汚れた下着を洗わせ、自分のシャツを股に挟ませて、それを隠そうとする。いつもの商店で生理用品を盗む。なぜか? 同居している子供たちは皆幼い。もしかすると以前には姉がいたのかも知れないが、初潮を合図に、人身売買のような結婚をさせられたのではないか? あるいは、そういうことが、この地域でいくらでも起こっていることを、ゼインは知っていたのかも知れない。妹を連れて逃走を図るが、両親に察知されてしまう。ゼインは家を出て、バスに乗って別の場所へ逃げる。そこが今いるここよりも、少しもマシな場所でないことは、少年にも解っているのだろう。粗末な遊園地で働いていた不法移民のラヒルが、乳飲み子の子守をさせることと引き換えに、ゼインを同居させる。ラヒルも同様に、貧しさと不法移民である身分に怯えている。冒頭にシーンは、ここからラヒルとゼインに起こることと繋がっていた。

 

妹はいつも働いている商店主と結婚をさせられ、その後に大量の出血で死んだという。結婚は僅かな家賃を大目に見てもらうためだった。ゼインが収監されるのは、妹の死を知って、商店主を刺してしまったからだ。ゼインの妹・サハルが11歳で強制的に結婚をさせられるという嘘のような展開は、物語を意図的に加速させる手段ではなくて、そこにある十分に日常的な出来事なのだ。イスラム教圏の映画では、こういう理不尽な強奪に似た結婚を目にすることがある。イスラム教徒が多様であることは解っているつもりだけれども、特に原理主義に近い宗派では、なぜ、こんなに幼い女と結婚しようとするのだろうか? この奇妙な慣習の意味は未だによく解らない。

 

この映画は予告編や宣伝文句にあるように、両親を12歳の子供が訴えるという驚きの事件とその裁判を設定している。「自分を生んだ罪」という荒唐無稽にも思われる罪状が、ゼインの決意のすべてだった。「もう子供を作るな」と裁判所で訴えるが、両親の苦悩は、子供に優しさを欠いたことではなく、自分たちの境遇と絶望の連鎖だった。そして、映画としての圧巻はそのキャスティングにある。少年・ゼインの眼差しを発見したことは、この眼差しが映画に現れることはもう二度とないだろうという確信と共に、記憶にとどめておこう。家族や近親や周囲の者を演じるそれぞれも、実際にも似たような境遇を体験している人たちであるらしい。プロの役者たちではない。そのリアリズムはイランの劇映画にも似ている。こうしたキャスティングは、劇映画が持っている物語りの強度が、史実や事実を踏み超えていく可能性を示している。この映画の様々な設定は、登場人物の実際の体験談から着想されているという。特別な史実や事実を再現しなくても、悲劇は日常的にそこにあり、物語は嫌でも前に進むしかなく、絶望は将来と同義なのだ。

 

レバノンを外務省の基本データを検索してみると、1943年にフランスから独立し、経済的には豊かだったが、いくつもの内戦で疲弊が続いている。キリスト教とイスラム教の18宗派が混在し、宗教と権力の集中を避けるために各宗派に政治の要職や議席が割り当てられている。イスラエル、シリアとの関係は、現在でも常に危うい均衡でしかない。劇中にでてくる通貨「ポンド」はレバノン・ポンドで、1ドルは約1500ポンドなので、ゼインが食料や廃品を売り買いする場面(例えば250ポンドで買える食べ物を探す、水タンクを外して1万数千ポンドで売ろうとする)での物価が解った。

 

映画のHPによると、原題:Capharnaüm(カペナウム)はアラビア語でナフーム村、フランス語では新約聖書のエピソードから転じて「混沌・修羅場」の意味で使われる、と記されている。また、実在の少年・ゼインはいま、家族とともにノルウェーに移住しているらしい。国連難民機関の助けを借りることが出来たのは、僅かな希望か。ゼインの表情が、一度だけ笑顔になるのは、ラストの写真撮影の時だ。カメラマンの指示で、不器用に少しだけ笑う。おそらく、実際の出来事でもある難民申請・第三国定住のための証明写真撮影なのだろう。

2019.07.31 Wednesday

嘘のようなほんとうの話があるように、現実が映画を追い越していく

『新聞記者』 監督:藤井道人 2019年 113

 

公開からひと月たって、ようやく観ることが出来た。

近未来でも過去でもない、進行中の現在が見える。しかし、日々の紙面を読んでいると、現実はすでに映画を追い越しているかも知れないとさえ思う。

内閣情報調査室は、まるでサイバーテロの巨大犯罪組織のような空気で描かれているけれども、大手メディアからSNSまでチェックしているという現実の話と重ねると、この描写も過剰ではないのだろう。田中哲司が演じる内調室長は、振る舞いも台詞も、政権を守る官僚トップの心情を徹底して反映している。部下の杉原(松坂桃李)にこうつぶやく。「お前、子供が生まれるんだろう?」。ヤクザ映画の台詞で「お前、娘がいたな」などという脅し文句は、「母親が、病気なんだってな」と並んで常套句みたいなものだが、こういうえげつないやり取りも、さもありなん、と思わせる。

ラストシーンの後味の悪さは、この問題が、新聞社と政府との関係だけではないことを示唆している。誰にでも降りかかるかも知れない生き延びることへの圧力は、個人の力では抗し難い。

 

情報は常に操作されているとか、SNSを使っている時点で個人情報は公開されているようなものだとか、授業でもそう話す機会があると伝えてきたけれども、こうして具体的な設定で、しかも巨大な力と大量の人員を投入して組織的に行われている状況を見せられると、ドキュメンタリーでは伝わりにくい緊張感を得ることもできる。

 

今朝(2019.7.31)の東京新聞5面「私説 米国を守る地上イージス」では昨年5月に発表されている「太平洋の盾・巨大なイージス艦としての日本」という論考に触れている。アメリカの保守系シンクタンク「戦略国際問題研究所」によるもので、日本に配備される地上イージスが、ハワイ、グアム、東海岸などの地域を守るためであることが明言されているという。週刊金曜日でもこの事実を指摘していた記事を読んでいたが、こんな重大な事実は、選挙前にも大きく取り上げるべきだ。吉本興行の問題も、安倍政権との癒着に話が及ぶとテレビはトーンダウンし、「N国」や「れいわ」の話題にシフトしている。国民はしばらくすれば忘れてしまうのだと言わんばかりに、森友の国有地払い下げ問題は不起訴になるし、加計学園もその後の続報はすっかり聞かなくなった。下世話な話題を更新することで、忘れさせることを加速していく。

「正義」を語ることが難しくなった時代に、「事実」や「真実」さえその自律が危ぶまれる。

 

映画を観ながら、2017年に公開され、韓国の民主化運動を描いた『1987、ある闘いの真実』を、何度か思い出してしまった。なんとも後味の悪い反芻だったが、こうして記憶が呼び起こされるのも映画を観る意味だと思う。

2019.03.17 Sunday

この愛すべき映画は、そもそも観客は映画の何を面白いと思っているのかを、あらためて考えさせる愉しみを孕んでいる。

 

『立ち上がる女』

原題:Woman at War

監督:ベネディクト・エルリングソン 出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル

2018年 アイスランド/フランス/ウクライナ合作 101

 

 観終わった後の爽快さと、奇妙な既視感はどこから来るのだろうと考えていた。愉快犯とか知能犯の見事な仕掛けを見せられたような感じか? 巨悪を翻弄するような立ち回りがそう思わせたのだろうか? いや、描かれている人物やストーリーによるものではなくて、もっと構造的な面白さだったような気もする。そう、バンクシーが街で描いた落書きを見たかのような既視感。あの「Something in The Air/Flower Thrower」と呼ばれる、石や火炎瓶ではなくて花束を投げようとしている男の姿を見た時に、器物損壊ではあるけれども、ニヤリとしてしまうあの面白さではなかったか。あるいは、もっと単純に「この文章は明朝体で書かれている」という一文のおかしさにも似ていないか。文字面には誤りがないけれども、よく考えてみると「間違っている」という感覚に、共通点がありそうだ。

 だから、この映画を素晴らしいと思うのは、環境破壊に立ち向かうひとりの女性活動家の姿ではなくて、その社会的な問題意識を背景に押し込んでしまうような、まさに映画的な驚きによる。それは、描かれる空間は常に映画的でしか無いのだということを、繰り返し呼び覚ますような刺激を持っている。

 

 その女は、おもむろに洋弓を空に向けて、ワイヤーの付いた矢を放つ。平原にそびえる鉄塔はどうやら送電のためにそこに建てらているらしい。女の矢は3本の送電線を飛び越え、ワイヤーに接触したことで火花を飛ばしている。大規模停電につながるような暴力的な行動に驚き、そこからの逃走劇が、アクション映画でも観ているような緊張感を伴う。大変なことが起こりそうだ。岩場のくぼみに身を隠す女の背後から、ヘリコプターが浮上してくる。007のような映像だと思ってみていた。実際、この女の身のこなしは、軍隊経験があるのではないかと思わせるほど見事だし、思いつきの暴挙ではないことが解る。「これで5回目だ」というのは、たどり着いた家の主である羊飼いの男だが、女がこの土地とも縁があるらしいことが解ると、車を貸して逃走を手助けする。そして次第に明らかになる女の素性や行動の真意は、グイグイと映画を牽引していく。環境破壊につながるアルミニュウムの精錬所に打撃を与え、撤退に追い込みたいという強固な意志が、女に破壊行為を繰り返させているようだ。

 

 冒頭から驚かされるのは、映画音楽だと思っていた音が、その画面の中に演奏者や歌い手が現れ、そこにピアノやドラムセットが置いてあることが、圧倒的に不自然であるにもかかわらず、一連のカメラワークであっさりとその矛盾を回収してしまう大胆さだった。通常は映画を見ている観客は、映画音楽を誰が演奏しているのかなど見ることがない。一般的には映像の編集がほぼ終わった時点や、ラッシュ段階の映像を見ながら、音楽や効果音は付けられる。例外的に音楽を先行してつくるということはあるのだが、付けられた音楽は、完成した映画の観客だけが聴くことが出来るようになっている。つまり、撮影時の風景には、観客が聴くような音楽は流れていないし、演奏者も見当たらない。それは古典的なミュージカルでもそうで、歌ったり踊ったりしている時の音楽は、同期のためのプレイバックではあっても、その場に演奏者がいるわけではない。この映画の素朴な驚きは、女性3人の合唱隊が唐突に道路や河岸にあらわれる時にも、繰り返し呼び起こされる。そして、これは映画なのだと現実に引き戻されながらも、その非常識な空間構成に感心してしまうのだった。

 

 ところで、アイスランドでは、どこかの合唱団に所属することは珍しいことではないらしい。女はそういう市民合唱団の指導をしている。つまり、とても正しい日常を送っているように見える。この合唱団の歌も、効果的と言うよりは異化的に作用している。女の素性とテロリストのような行動が、簡単には結びつかない。密かに女の行動を支持している官僚の男も、携帯電話をフリーザーにしまってから密談を始める周到さも、よく考えると不思議な設定が、最後まで持続する。

 

 また、主人公の「山女」ハットラの双子の姉であるアウサが登場することで、一層話が面白くなってくる。ヨガや瞑想を楽しんでいる姉は、妹がウクライナから養女を引き取ることになった経緯を聞きながら、自分はインドに修行に行く計画があることを伝える。このディテールも、平和を愛する姉の、非戦の意志を覆す前提として面白い。何しろ、この姉妹がどちらか分からなくなるほど似ている。観ている間に混乱してしまう箇所があるのだが、ハルドラ・ゲイルハルズドッティルが二役を演じていたことは、後で知ったことだった。それがトリッキーということではなく、双子という設定もまた、映画にとっては魅力的な細部である。そして、ドローンを弓で射抜いたり、最後には爆弾まで自作して、ゲリラ兵士のような巧みな逃走を繰り返すハットらという山女は、いったい何者なのかが、実はよくわからない。姉とともに独身であり、子供がいないという事情も、何ひとつ説明されない。それでいて、とても魅力的な人物たちなのだ。もちろん、何度も事件に巻き込まれる自転車バックパッカーも、荒唐無稽な展開を生む重要な役割を担っている。

 

 ウクライナからの帰路で、路線バスが道路に溢れた水で立ち往生し、川のような道路を歩き出す乗客の後ろ姿が、美しく思い起こされる。バスから降りる乗客の中に、何度も登場した楽団のメンバーが、バスドラや楽器を抱えながら歩いていたことを忘れずに記憶したい。彼らは映画音楽の演奏者ではなく、この映画の重要な登場人物たちだったのだ。

 

 『馬々と人間たち』を観たのは2014年だった。アイスランドの過酷な自然環境と、馬とともに生きる地域の人々の姿を思い出す。この映画では、馬を中心としたそれぞれの生活が愉快に描かれていた。何年も何十年もこうして、少し小柄な地域の固有種の馬と暮らしてきたのだろう。葬式の時の、何ひとつ変わらない空間がその閉鎖性を伝えていて愉快だ。事故死した人がそこから欠けているだけなのだ。おそらく教会での座る場所も皆決まっていて、少しずつ、誰かが死ぬたびにポジションが変わってきたのだろう。そして何よりも馬の大きな瞳に映る人間の姿が印象的だった。場面転換で何度かこの方法が使われていた。

 この映画と似ているところといえば、道に迷った乗馬体験の客を救うために、吹雪の中で馬の腹を割いて、中に潜って寒さを凌ぐシーンがある。『立ち上がる女』では、ハットらが逃走の際に、羊の死体を見つけて、それをかぶって捜索を逃れるシーンがある。生き残るための知恵と行動が、二つのシーンを結びつけていると思う。同じ監督が、新たな映画で全く別の魅力を見せながら、どこかで通底している愉快犯的な構造が嬉しい。本当に面白い映画なのだ。

2019.03.16 Saturday

ジョン・アルパートの映像にはあって、マイケル・ムーアに欠けているものがあるならば、それは、こういう繋がりなのかもしれない。

『カメラが捉えたキューバ』

原題:CUBA and the Cameraman 監督:ジョン・アルパート DCTV

2017年 154分 NETFLIX

 

 友人の服部かつゆきくんが「ジョン・アルパートのキューバがNET FLIXで配信されてますよ」と言うので、早速チャックしてみたところこの映像があった。「NET FLIXオリジナル・ドキュメンタリー」ということになっているが、もちろんオリジナルはJon AlpertとDCTV(Downtown Community Terevision Center)による一連のキューバ取材がベースになっている。2017年制作で154分の長編ドキュメンタリー映画になっている。この配給関係がNETFLIXオリジナルの所以だと思う。ジョン・アルパートとDCTVの作品は、1970年代のアメリカ国内の取材から始まり、その後、国内の問題と並行して、ベトナム、フィリピン、ニカラグア、イラク、アフガニスタンなど、紛争が絶えない地域の、特に市井の人々を通じて、ごく日常的な姿を捉えた映像を残している。こうした映像は当時のケーブルテレビやパブリックテレビジョン(PBS)の番組として放送されていたもので、30分から60分といった枠の長さに対応している。制作形態としては、自主企画として制作したものが買い上げられたり、局の依頼で制作されたものもあるようだ。初期の『Chinatown:Immigrants in America』(「チャイナタウン」1976年60分)や『Helthcare:Your Money or Your Life』(「医療制度—金か命か」1977年60分)などは、アメリカ国内の移民や貧困層の問題を積極的にとりあげている。既存のテレビ局が積極的に無視していた見えない市民の層を、当時はようやく一般の人でも買えるようになったが、それでも高価であったビデオカメラで取材している。基本的な取材態度は、ベトナムでもキューバでも変わらない。このことは拙著『戦うビデオカメラ』(「4.ビデオジャーナリストの方法」)で詳しく書いた。ジョンと津野敬子さんが二人でスタートした小さな市民ビデオの活動は、やがてビデオジャーナリズムの先駆けと評され、マイケル・ムーアもジョンの手法を参考にしたらしい。もっとも、当のジョンアルパートは、そのことを気にしていたらしく、カメラ片手に、矢継ぎ早に質問し、どんどんと市民の生活に分け入っていくその取材姿勢を反省していたらしい。この映画では、小学校の授業中に、勝手に生徒たちに質問を始めて先生に迷惑がられるところがあるが、こんな取材態度も僕は憎めない。わかりやすい質問しかしないし、自分が見たものだけを率直に伝え続けるジョンの人柄なのだと思う。ちなみに津野敬子さんは初期の作品を放送した後に、フレデリック・ワイズマンの『病院』(1969年)に同じドクターが登場する場面を見つけて、「ワイズマンは常にわたしたちの前にいた」「一番気になる作家はワイズマンだった」と述懐している。(『ビデオで世界を変えよう』津野敬子・著 2003年 p64)

 

『カメラが捉えたキューバ』は映像を見ていると解るように、ジョンとDCTVがこれまでに何度も取材したキューバのシリーズがベースになっている。オリジナルは

『Cuba the People:Part1(1974)』、『Cuba the People:Part2(1975〜80)』、『Cuba the People:Part3(1979)』、『Cuba’80(1990)』、『Cuba : Between a Block and Hard Place(1993)』で、1995年以降の4回の取材(1995,2000,2006,2016年)映像は初めて観たものだった。2016年の映像は2回、フィデル・カストロと再会する時と、2016年11月26日にフィデルが亡くなった後の葬列を追ったものだった。何よりも素晴らしいのは、病気と引退が伝えられてから、ほとんど映像に残ることがなかったカストロの姿が、数枚の写真に残っていることだ。この時の再会ではビデオカメラは持ち込めなかったようだ。それでも、遠方からやってきた友人を迎え入れるように、カストロはジョンと会う時間を作り、二人が並んだくつろいだ雰囲気の写真が残されている。ジョン・アルパートとはこういうひとなのだな、とあらためてその人柄に触れた気がした。

 ジョン・アルパートとDCTVをアメリカ国内で一気に有名にしたのは、初期のキューバ取材である。最も初期の取材は、スコット・ヘリックという平和和活動家が、フロリダから自分のヨットでキューバに楽器を届ける、という活動に同行したもので、1972年に5月にキューバを訪れ、ハバナで5日間待たされて上陸している。もちろん、当時はアメリカとキューバ国交を断絶している。撮影時の写真を見るとジョンが持っているのはソニーの「ポータパック」だから、白黒1/2インチ、オープンリールでの撮影だったようだ。この時の映像は1972年9月に『世界市民丸、平和のためにキューバに向かう』というタイトルで発表されている。会場は、ヴァスルカ夫妻が運営していたアートスペース「キッチン」だったという。

 その2年後にキューバ政府の取材許可を得て撮影されたのが、『Cuba the People:Part1(1974)』である。国交のない国から許可が出た理由が、キューバ大使館のチームと毎週のように野球をしていたからだ、というエピソードが面白い。カストロの単独インタビューは、当時発売されたばかりのJVCのカラーカメラで撮影されている。映画の中に乳母車に機材を載せて移動する姿をカストロが面白がっているシーンがあるが、当時のカメラはもちろんVTR部がセパレートだし、プロ用でなくても相当な重量だった。

 ジョンたちの取材が印象的なのは、同じ人物を時間を経て何度も撮影していることだ。農夫の兄弟、グレゴリオとクリストバルは、ジョンと腕相撲をする姿が何度も出てくるし、クリストバルが咽頭がんになった時の映像や、二人が亡くなった後も、その妻を訪ねている。街でブラックマーケットの仕事をしていたルイスも何度も登場し、そのたびに別の仕事をしていたり、刑務所に服役していたりするから面白い。子供の頃にインタビューをしたカリーダは、その後二人のこの母となり、最後に訪ねたときはフロリダに移住していて、残された息子と再会している。こうした取材の厚みは、ジョンとDCTVの特徴でもあり、それはベトナムでも同じようなシーンを見たことがある。キューバの情勢が変化し続け、国交断絶の冷戦期や、経済封鎖による困窮の時期、やがて観光客が訪れるようになると、観光業者は次々に豊かになり、街は一変する。そんな中で変わらない姿を見せるルイスは、職業を変えながら、したたかに生き続けている。映画には出てこないが、あのバナナ園の女達はどうしているだろうか、などとこれまでに見た映像を勝手に思い出していた。

 この映画はビデオジャーナリストの活動記録としても、ビデオジャーナリズムの歴史としてみても面白い。もちろん、キューバ史の一つの側面としても。彼らの取材が先駆的であったことは、この映像を見れば解る。そして、娘のタミを一緒に連れていた時、カストロにタミの学校のクリンスキー先生あての欠席届にサインしてもらうシーンがあるが、こうしたユーモアが、取材対象の印象にも残っているのだろうし、カストロと最後まで繋がっていたのも納得ができる。クリンスキー先生は、カストロの直筆の届けを見てどれだけ驚いたことだろう。「クリンスキー先生、欠席してごめんなさい。フィデル・カストロ」と署名されているのだから。

 

DCTVのサイトは

http://www.dctvny.org

 

『ビデオで世界を変えよう』津野敬子・著 平野共余子・構成 2003年 草思社

『戦うビデオカメラ』佐藤博昭・著 2008年 フィルムアート社

 

 

2019.03.12 Tuesday

「史実に基づいた映画」という危うい魅力と困難さについて

『グリーンブック Green Book

監督:ピーター・ファレリー 出演:ビゴ・モーテンセン/マハーシャラ・アリ

2018年 アメリカ 130

 

『ファーストマン FIRST MAN

監督:デイミアン・チャゼル 出演:ライアン・ゴズリング

2018年 アメリカ 141

 

『ファーストマン FIRST MAN』と『グリーンブック Green Book』を同じ日に続けて観た後で、「史実に基づいた映画」とか「本当にあった話」という言葉が気にかかってしまった。1960年代の半ばから後半のアメリカで起こった「月面着陸」という世界的な出来事と、1962年のアメリカ南部を巡る誰も知らない旅の映画は、僕が生まれて間もない時の出来事であることで、それぞれとても興味深かった。そしてどちらも、「本当の話」だった。「本当の話」ってなんだろう? 少し前にたまたま予告編を観た『小さな独裁者』という映画には「これは、尋常ならざるサスペンスに満ちた、驚愕の実話!」と言う宣伝文がついていた。もちろん、『グリーンブック』のHPにも「〜痛快で爽快、驚きと感動の実話」と書いてある。もちろん僕はドキュメンタリー映画が好きだ。劇映画も気になった映画は、出来るだけ映画館で観るようにしている。だからこそ「事実に基づいた映画」があらためて気になってしまった。

 

史実とか実話には確かに魅力があるのだが、実は「知られざる〜」とか「驚愕の〜」とか言う言葉が、人を惹きつけているのではないかと思う。知っているつもりだった話の知らなかった部分は、知的な好奇心をくすぐる。ニール・アームストロングの月面着陸は、僕らの世代であれば、誰でもが知っていることだし、僕は記念切手も持っていた。しかし、その妻や子どもたちがどんな暮らしをしていたのかも知らないし、隣人が月面着陸のテスト過程で事故死していたことも知らない。「史実に基づいている」わけだから、映画で観たことを安心して自分の知識に加えることができるし、知人に話すこともできる。それは、それで面白い。同じことは『ボヘミアン・ラプソディー』でも言えるし、『1987,ある戦いの真実』でも『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』でも、『否定と肯定 DENIAL』でも言える。

こうした史実に基づいた映画は、これまでにもたくさん作られているし、テレビドラマでも「社会派」と呼ばれるような実録シリーズはある。金嬉老事件も、大久保清も三億円犯人も、そうした実録で描かれたし、最近ではNHKスペシャルが映画化された『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』にも「知られざる真実の物語」という宣伝文句がついている。そうなると、僕らはこれまで、そんなに真実と違うことを学んでいたのだろうか? 「知られざる真実」ってなんだろう? 最近になって新たな資料が発見された、ということは時々新聞でも目にする。そういう新事実ならば、これまで知られなかったのは当たり前だから、それはそれでいいと思う。そうなると「新たな解釈」はどうだろうか? これまで一般的に常識だと思われていたことが、見方や視点を変えることで、新しい解釈ができたとする。それを表現として披露することも、知られざる真実の一面なのかもしれない。

 

しかし厄介なことに、例えばポール・シュレイダーの『MISHIMA : A Life in Four Chapters』のように、実在の人物が描かれ、主人公の三島由紀夫の原作を元にしたものであると、家族や遺族や知人からさまざまな注文がつく事がある。「本当はこうではなかった」とか「この写真撮影のシーンは事実とは違う」とか、「本当のことだけれども、本人や家族の名誉のために削除してほしい」とか、監督の解釈で描くと、大きなリスクを負うことにもなる。公開が先送りになるとか中止になるとか、とても厄介なことにもなりかねない。出演した役者が、薬物とか暴行とかで逮捕されるとそういうこともあるのだが、「史実〜」の場合は、予めリスクを承知で挑んでいるようにも見える。炎上商法のような姑息な目論見ではないにしろ、物議を狙っているように見えることもある。

 

『グリーンブック』も、アカデミー賞を受賞したために、賛否の両論が幾つもあったようだ。「黒人差別の実態はこんなものじゃあない」とか「教養のない白人移民が、教養のある黒人音楽家と交流することで、差別の実態を知り、気持ちが変化するのは、白人社会のご都合主義だ」とか。運転手のトニー・リップとピアニストのドクター・シャーリーが実在の人物でなかったらどうだったのか? 少なくともピアニストの家族から「誤解を受ける」という指摘はされないだろう。黒人差別の描かれ方については、たまたま出会った黒人ピアニストに共感したひとりの白人男性がいたとしても、その人物が架空の誰かであれば、そこまで差別の総体を矮小化していると批判されたのだろうか? 

 

史実や実際に起った事件を題材に翻案された小説や演劇や映画はたくさんある。登場人物の名前はもちろん、事件や事故が起こった場所や時代や背景、人物や家族の設定も事実とは異なるものがある。そしてもちろん、それが、事実に照らし合わせて批判の対象になることもある。思い起こせば『ディア・ハンター』をめぐって、ベトコンはロシアンルーレットをした記録はない、という本多勝一の批判は、「殺人を描いた映画は、本当は人を殺していない」といった程度の映画的な虚構を前提とすれば、歴史的な事実を背景にした映画が、もっともらしく事件や人物を描いたからと言って、それが本当のことである必要は無いのであって、その事に潔癖であれと言われれば映画などつくることはできない。『ナイトミュージアム2』を観た観客が、スミソニアン博物館ではそんなことは起こっていないと批判しただろうか? その批評の線はどこに引かれているのだろうか?

 

そもそも事実や真実などというものは、刑事裁判であっても恣意的に決定された「事実らしき前例」になっていくわけだから、解釈の入り込む余地のある事象に関しては、無数の事実があると言ってもいい。だから、事実や史実に基づいた映画でも「解釈」ができるし、その解釈を面白がっているのだと思うのだ。そうすると、上記の批判は当然、映画監督なりが解釈した現象についての、その解釈の態度や、われわれが見ることになった表現・表明に対する批判でなけれならない。アメリカ兵がベトナム戦争中にサーフォンをしようが、ベトコンが捕虜を使ってロシアンルーレットで賭けをしようが、それが事実ではないからという批判ではなく、なぜそのように描くことを選択したのかという解釈と表明の問題だと思う。

 

『グリーンブック』は1962年当時のアメリカを描いたひとつの解釈として、僕は面白い映画だと思ったので、それでいいのだと思うけれども、事実や史実にこだわって、そうすることで忠実な再現部分に注意を払うことも必要だっただろうし、それが、この映画に絶対に必要な細部であったのかは疑問だ。また、例えば最近観た映画で言えば、日向寺太郎監督の『こどもしょくどう』は、現在、日本の各地で展開されている「子ども食堂」の活動につながっている。事実、企画を聞いた当初はドキュメンタリー映画の依頼かと思った、と監督は言っている。「子ども食堂」の実態や活動が描かれたわけではないこの映画は、「こども」と「食堂」が描かれる。子供の貧困と、その背後にある親の貧困、社会保障制度の不備や、その狭間で戸惑うごく普通の親子、そして、子どもたちの不器用で衝動的な行動が描かれる。社会の現実には基づいているけれども、実在の家族や子どもたちではない。そのことがどう表現されているのか? 実在の地域や家族であったならばどうなのか? そうでなかった表現上の特異点は何だったのか? なぜ、監督は様々な映画的な細部を、このように描いたのか? そうしたことを考えることが、映画を観るということなのだと思う。

2019.02.26 Tuesday

三島由紀夫の美学は、現在の保守や自称・愛国者にはどのように映るのだろうか?

『MISHIMA : A Life in Four Chapters

監督:ポール・シュレイダー 原作:三島由紀夫

出演:緒形拳 坂東八十助 佐藤浩市 沢田研二 永島敏行

1985年 アメリカ/日本 120分

 

昨日(2019.2.24)は、以前購入していたポール・シュレイダー監督の『MISHIMA』を観てしまった。気になって買ってまま、なかなか観る時間がなかったものをこの時期には少し整理できる。観終わって、TV番組に画面が戻ると天皇陛下の在位30年式典が行われていた。別に他意はないのだが、『MISHIMA』のチャプター4は、1970年11月25日の市ヶ谷自衛隊駐屯地での三島由紀夫の演説と、その後の割腹自殺に及ぶ再現部分があって、「天皇陛下、バンザイ!」と叫ぶ、緒形拳の姿が、何度も脳裏に蘇った。三島は本当に「天皇陛下、バンザイ!」と叫んだのだが、腹を切った時には、その目には何が見えていたのだろうか?

三島の文学については熱心な読者ではないので、この映画については様々な批評があっても、どこか遠い作品世界だと思っていたのだが、学生時代に登川直樹先生の解説で『炎上』(1958年)を観たことを思い出し、市川雷蔵の姿を思い出すと、ふと仲代達矢の姿も思い浮かんだ。学生時代の記憶というのは恐ろしいものだと思う。

映画は体験である、というのは、観ることと記憶することの相関には、確実に付帯する体験の細部がまとわりついていて、それが映画の記憶を邪魔するわけではなく、もっぱら映画の細部を連鎖的に喚起することに役立っている。困ったことに、その体験の記憶は時々間違っていて、どこか別の映画と結びついてしまうこともあるのだが、その混乱もまた面白い。こうしてメモをしているのも、証拠を残すという無粋かもしれないけれども、何年か先に読み返してゆっくり楽しもうと思っている。

 

演出の細部については、三島とポール・シュレイダーがどこまで納得していたのかはわからないけれども、移動する「鏡子の部屋」でのセットの背景や、回転する舞台の中心にある屋台で、倉田保昭と横尾忠則が、沢田研二を挟んで論争(と言うほどの論議ではないけれど)する場面など、半ば暴力的に連続される場面の演出がとても革新的だと思ってしまう。ATG的な暴走を、美学で囲い込もうという力技に感心するのだ。

 

三島の国粋の美意識をむしろ滑稽な形で体現した私設の軍隊「楯の会」は、一般的には歪んだ愛国主義の象徴のように理解された。それでも、この反乱を本来の保守の野望と見るならば、笑っているのは、その後に無残な歴史の残滓となる事に無頓着な「左翼」であることが解る。どうやら三島の美学は、この時代の徒花であるように映るけれども、それは、階段教室の席から、一点突破の論理で嘲笑している学生たちとは格が違うようにも見えてしまうのだ。

 

映画は4つのチャプターで構成されていて、それぞれに三島の原作が反映され、独自の演出でその作品世界に分け入っていく。

1.「美(beauty)」 『金閣寺』

2.「芸術(art)」 『鏡子の家』

3.「行動(action)」 『奔馬』

4.「文武両道(harmony of pen and sword)」

 映画『憂国』(1966年 原作1961年)の割腹シーン

 

原作と映画の詳細な関連を論じる力は僕にはないけれども、「散る」という言葉が、少なくとも能動的な意志であることは理解できる。散らされるでも、死なされるでもない命の終い方に、人の営みの美意識を感じることは禁じ得ない。

現在の劣化した保守や、エセ愛国者たちが三島固有の「愛国の美学」を論じることは、もはやないのだろう。

2019.01.13 Sunday

谷口正晃監督の『マザーズ2018』を観たことで、いくつかのドキュメンタリーが繋がった。

『マザーズ 2018 僕には、3人の母がいる』

監督:谷口正晃 中京テレビ 2018年 71

 

2018年12月14日は、大学時代の恩師・波多野哲朗先生のお誘いで「無名庵シネクラブ」の上映会に参加した。この日は日向寺太郎監督の『誰がために』を観た後、日向寺監督と彼の大学の同級生である谷口正晃監督、そして彼らの飲み友達枠で僕がトークに参加することになっていた。3人とも波多野哲朗ゼミで学んだゼミ同窓生でもある。僕は彼らよりも4つ学年が上だったが、僕は卒業後に研究室の仕事をしていたので、彼らが3年生までは学校でよく会っていた。そして、そういうつながりで波多野先生を囲んで、年に1〜2度飲み会を続けている。

 

谷口くん(ずっと日向寺くん、谷口くんと呼んでいるので監督と呼ぶのはこちらが照れくさい)は、その会の打ち合わせをしている時に、「最近作ったドラマなんです、よかったら観てください」と言って、お茶菓子を食べながらディスクを渡してくれた。ディスクには赤みがかった肌色に赤ん坊の横顔がプリントしてあり、『マザーズ 2018 僕には、3人の母がいる』と少し細い書体で書いてあった。実は以前も同じように「最近作ったドラマんですよ、よかったら観てください」と、居酒屋の狭いテーブルを挟んでディスクを渡された事がある。『人質の朗読会』と『マザーズ』と書かれた2枚だった。『マザーズ』というタイトルに覚えがあったので、「あれ、これは前にもこのタイトルで〜」と言ったら、「シリーズの新作なんです」と、せんべいを食べながらぼそっと話した。彼は、あまり作品のことを多くは語らなかったが、僕が「これ、中京テレビのドキュメンタリーがなかった?」と訊くと「それがベースになっているドラマなんです」と話してくれた。

後で調べていてわかったことなのだが、中京テレビはドラマ「マザーズ」を2014年から定期的に製作していて、2018年が5作目にあたる。すべてに谷口正晃監督の名があった。僕が以前にもらった「マザーズ」は、2014年10月18日に放送された『中京テレビ開局45周年記念 マザーズ』だった。このときの主人公・山瀬健太は、岐阜のパン屋で両親に育てられ、成人が間近な浪人生活を送っている時に、特別養子縁組で養子として引き取られたことを知る。携帯電話の家族割引契約のために、戸籍謄本を取りにったことでそのことが発覚する。家族の証明書で養子であった事実がわかるという設定も皮肉であるが、谷口監督はこの作品の冒頭で、ラブホテルに彼女を誘い込んだ健太ののんきな性格を描いている。健太は戸籍を起点にして、「NPOスマイルベイビー」を訪ねて、代表の奥田貴子に会う。少しづつ自分の出自に関わる事実を理解し始める健太は、貴子に半ば強引に誘われて「スマイルベイビー」の雑事を手伝うことになる。そして、そこに暮らす妊婦たちや、新たに保護された城田紗衣と接するうちに奥田とスタッフの活動を理解していく。2018年の『マザーズ』では、健太は就職が決まったという設定で、岐阜の両親が奥田とスタッフのところに報告に来る。

2018の『マザーズ』は、若い母親・村上友を中心に展開する。子供の頃に母親に逃げられ、アル中の父親と暮らし、結婚はするが妊娠したことが解ると夫には逃げられ、再婚した夫は他人の子を育てる気がないと言い、早く養子に出せと急かす。自分で子供を育てたい気持ちはあるのだが、このままでは働けない。男は働きもせず、ふらりと帰ってきてはダラダラと過ごし、村上友が働くことを当たり前だと思っている。八方塞がりの状況を自分では抱えきれずに「スマイルベイビー」に相談をする。

何という典型的な設定か、とはじめは思った。ニュースで伝わる育児放棄の若い夫婦や、ドキュメンタリーで何度も観たような家族の暴力。シングルマザーのような生活は、片付かない部屋に少し派手な服、メイクだけは怠らないような、だらしない生活の風景がそこには伺い知れる。壁には塞がれた穴。水商売か風俗で知り合ったに違いない男は、だらしなく酒を飲み、暴力的な言葉を浴びせる。いかにも居そうな若いカップルが描かれていることに、僕は嫌悪感さえ覚えた。しかし、考えてみれば、どれだけのこうしたステレオタイプを見聞きしてきたことだろうか?と思う。いかにも育児放棄や虐待をしそうな男や女は、どうしてこうも似ているのだろうか? 彼女、彼らだけが招いたわけではない連続した不幸な家族関係が、あるいはそれを取り巻く社会環境が、福祉環境が、こうした抜け出せない連鎖を生んでいるのではないか? その中にいる人達は、いつでも同じような渦に巻き込まれる、よく似た境遇の人たちではないか? そう思った時に、こうした典型的な設定は、それが誰にでも心当たりがある情景だけに恐ろしくなる。「この女なら、相手の男がこれなら、こんなことしそうだな」と悲惨なニュースを見ながら言い捨ててはいなかったか?

村上友が生んだ子供は7ヶ月を超えているので、一般的にできるだけ早い時期に引き取りたいと望んでいる養子縁組の希望者とは、うまくマッチングしない。一方で足に障害があり、車椅子で生活をしている川畑健二と妻の真希は、不妊治療を続けているがうまくは行かず、産院で「スマイルベイビー」の活動を知らされ、養子を考えるようになる。車椅子の父親が養子を引き受けることができるのか? 子供が可愛そうな目に合わないか、など夫婦の不安もあり、なかなか踏み切れない。そんな時に2014年の『マザーズ』で描かれた岐阜のパン屋山瀬が、息子の就職の報告と御礼に「スマイルベイビー」を訪ねてくる。奥田はその後、車椅子の夫が養子縁組で子供を育てている家族を紹介し、その家族と接することで川畑は気持ちを決める。村上友は養子に出した後は二度と会うことはないと言い、7ヶ月を過ぎた悟を奥田を通じて川畑に託す。しばらくして友を訪ねた奥田は、スーパーの駐車場で車の整理をしている警備員姿の友に会う。友は奥田に、今の正直な気持ちを伝える。

「3人の母」とは、産みの母と育ての母、そして「スマイルベイビー」の奥田貴子のことだ。このシリーズでは3人の母を持つ子供が、何人も描かれてきた。谷口くんが描き続けるのは、典型的な境遇から抜け出していく母親と、それを支えていくあと二人の母親、そして家族の姿を問い続けることになる、3人の母を持つ「僕」の姿だ。

 

ドキュメンタリー版については2018年4月23日の深夜に日本テレビ系列のNNNドキュメントで『マザーズ 特定妊婦 オンナだけが悪いのか。』(55分枠 撮影:安川克己/P:板谷学 中京テレビ)が放送され、後日、録画を観ていた。中京テレビでは10月13日にも『マザーズ “縁組家族“ 君がくれた幸せ』が放送されたようだ。2011年のはじめての取材から続いている、引き取った家族の側の物語だという。東京にいると、このシリーズを見る機会は限られている。僕が観た『マザーズ』は「NPO:Babyぽけっと」の岡田卓子代表とスタッフの活動の記録であった。一軒家を三件運営して、妊娠してもまともな状況で出産できない女性や、出産後も保護が必要な母親(特定妊婦)を、「Babyぽけっと」で預かって共同生活をしている。いわゆる母子シェルター活動であった。生まれた子供を自分では育てる事ができない母親は、岡田さんを通じて「特別養子縁組」の手続きをする。引き取り手となる両親も、事情は理解していて、成長記録を実母に送ったり、育ての親との交流会も行われている。ここに来る母親は、未婚の母であったり、相手から暴力を受けたり、風俗で働いていたりと、多様ではあるがよく耳にするようなよく似た環境を経験している。つまり、全国的にこういうケースはとても良く似た環境で起こっているということが解る。

例えばたまたま『マザーズ』と同じ日の早朝に、テレビ朝日系列のテレメンタリーで放送された『ボンドの家〜女性保護シェルターの半年』(30分枠 D:押田幸/P:東卓男、新津聡子 テレビ朝日)でも、東京で「ボンドの家」を運営する橘ジュンさんの保護活動の記録が描かれていた。「ボンドの家」は、妊婦を対象としているわけではなく、様々な事情で家に帰ることができず、街を徘徊しているような女性から電話を受ける。一緒に食卓を囲みながら、彼女たちの話を聞き、自立への方法を一緒に探っている。

あるいはその翌週4月30日のNNNで放送されたのは、『ゆりかごから届く声〜赤ちゃんポスト11年〜』(D:吉村沙耶/P:大木真実、後藤宏一郎 熊本県民テレビ 30分枠)だった。日本で初めて、唯一の「赤ちゃんポスト・こうのとりのゆりかご」を設置した慈恵病院の11年後の現在を描いていた。ドイツの「ベビークラッペ」というシステムをモデルにしたというこの病院には、「乳児遺棄を助長する」など、非難も相次いだ。人目につかないように設置された「赤ちゃんポスト」は、そこに子供が置かれると瞬時にナースステーションに知らされ、速やかに保護される。手紙などが添えられていることもあるが、身元がわからないこともある。そもそもの設置の動機は、隠された妊娠と自宅出産の危険性から内密出産の相談を受けたことだった。命の危険は乳児だけではなく、かくして自宅出産を試みた母親にも及んでいた。番組の後半に、この病院では、かつてこのポストに子供を追いた母親が、後年自立して引き取りに来たという話も紹介されている。こうして録りためたドキュメンタリーを見ていて気がつくことは、女性ディレクターやカメラマンの活躍が、優れた取材を可能にしているということだ。デリケートな話題であるだけに、男性のスタッフでは尋ねにくいことや、撮影し難い状況もあるのだと思う。

ドキュメンタリーで知ることができるこうした活動は、その多くがNPOなどの民間の事業である。『ボンドの家』の中で、その理由が語られていたが、自治体が運営する同様の施設がないわけではないが、入所の手続きが多かったり、入所後の規則などが厳しかったりと、必要とする側の緊急性に対応できていないという。今すぐに連れてこないと危ない女性をそのまま帰す訳にはいかない、という橘さんの言葉が映像を見れば理解できる。当たり前のことだが、書類や数字ではわからない緊急で厳しい現実が、現在も進行している。

映像にできることは、限られているけれども、気づかないよりは気がついたほうがいいに決まっている小さな危機感を喚起するくらいのことはできる。

谷口くんが演出したドラマを観て、いくつかの映像が繋がった。

ありがとう谷口くん、本当に立派な仕事をしていると、ただの飲み友達の僕は誇らしく思います。

2018.11.16 Friday

厳しい労働環境を描いた映画なのだろうという勘違いは、心地よく裏切られた。

『世界で一番ゴッホを描いた男』

原題:China’s Van Goghs

監督:ユイ・ハイボー/キキ・ティンチー・ユイ

出演:趙 小勇(チャオ・シャオヨン) 2016年 中国・オランダ 84

 

この映画が面白いのは、工房の絵描きの親方が極めて真面目に複製画を制作している、その職人気質とゴッホへの敬意に素朴に感動するからだ。

 

予備知識も入れずに、スチルカットとタイトルから想像していたのは、贋作の組織的な制作と流通なのだろうか、という浅はかなものだった。『人間機械』でみたインドの染色工場のように、劣悪な労働環境と低賃金を告発するような映像が続くのではないかとも思った。そしてそれは心地よく裏切られるのだが、その心地よさの正体は、工房の親方の職人気質とゴッホへの純粋な敬意なのだと思う。

中国深圳市大芬(ダーフェン)は、今では観光地と知られるほどの世界最大の「油画村」だという。この事をそもそも知らなかった。そんな村があったのか、素朴に驚いた。

この街には約1万人の画工がいるらしい。しかし始まりは古いわけではなく、1989年香港の画商が20人の画工を連れてきたのが始まりらしい。

 

その中でもゴッホの複製画を専門としている工房の親方・趙 小勇(チャオ・シャオヨン)は、これまでに独学でゴッホの複製画を10万点以上制作したという。その制作は家族と職人たちで分業して行う工房スタイルで行われている。注文が入れば、膨大な枚数をそれぞれが仕上げる方法と、その下絵を描く者、黄色のパーツを塗り進める者などと、流れ作業での制作もあるようだ。親方は全体の仕上がりを管理しているし、まだ若い職人を「バランスが悪い。はじめからからやり直せ」と厳しく叱っている。毎月600〜700枚の複製画を作り、その多くはアムステルダムなどの土産物屋に輸出している。

 

何よりも感動的なのは、工房の親方が「本物のゴッホが見たい」と、アムステルダムへと向かうその旅のプロセスだ。ゴッホ美術館の前では自分が描いた油彩の複製画が売られている。もちろん卸値の何十倍の値段だ。土産物屋の店主は親方の一行を歓迎するが、親方は画廊で売られているものだと思いこんでいたので、少しがっかりする。それでも、自分の絵を前にした親方は、遠くアムステルダムの店で自分の絵が売られていることを少し誇りに思ったようだ。

そして、ゴッホ美術館では、初めて本物と対面し「色が違う、、、」などと呟く。その少ないコトバが、また切ないのだ。そしてゴッホの墓参りに行く。ここでの振る舞いは、すべてが師匠を敬う態度にほかならない。マニアでもコレクターでも絵画ファンでもない。10万枚も油絵で模写し続けた職人が、その本物を描いた人を敬っているのだ。そしてゴッホは「魂で描いていた」と、悟りのような言葉を口にする。

 

帰国後に工房の仲間や他の店主に語る土産話もいい。本物は何が違ったのかを本気で伝えているではないか。そして、禁断の「オリジナル」を描くことを決断する。複製画の職人ではなく、画家としての自分の絵を描きたいと願う親方の決断は美しい。

そして描き始めたオリジナルのモチーフは、お世話になった叔母の肖像画や生まれ育った路地の風景だった。

その画風が、ゴッホそのものであったことは言うまでもない。

2018.11.14 Wednesday

映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観て、思わずこみ上げる感情は、きっと「Queen」が数多の「ロックバンド」ではなくて、紛れもなく「Queen」だったのだということを、あらためて思い知らされるからなのだと思う。

 

『ボヘミアン・ラプソディ』

原題:Bohemian Rhapsody

監督:ブライアン・シンガー

音楽プロデューサー:ブライアン・メイ ロジャー・テイラー

2018年 アメリカ 135

 

僕にとってのQueenは真似やコピーができるバンドではなかった。カラオケで「キラー・クイーン」を歌うことはあっても。

 

TOHOシネマズ日比谷のDolby ATMOSは、こういう映画のためにあるのではないかと思ってしまった。ラストのライブエイドのシーンは、思わず熱いものが込み上げる。それほど熱心なQueenファンでもなかったけれども、自分に起こった不思議な気持ちに、これは一体どうしたことかと思った。年を重ねれば涙もろくなるとはよく言われるが、どうやらそういうことではなさそうだ。何かムズムズするような、言葉にし難い不思議な感覚だった。ロック映画はたくさんある。1970年代に活躍したロックスターたちは、その生涯がドラマティックだったりすれば、映画の格好の材料になった。『ドアーズ』『ジャニス』も『ストーンズに消された男』もそうだし、早逝のスターたちは神話になった。もちろん、いくつものドキュメンタリー映画もある。この映画もそんな映画のひとつだったのか?

 

Queenを初めて聴いたのは多分中学1年の頃、次兄が持っていた『Sheer Heart Attack』だったと思う。「キラークイーン」を聴いた福岡の野球少年は、美しい高音のハーモニーが「ロック」というジャンルとは結びつかなかった。その頃、家にあったレコードはビートルズと井上陽水、トランペットを吹いていた次兄のチェイスだったか。もちろん「ブラス・ロック」などというコトバも知らない少年は、「黒い炎」で4チャンネルで小さなスピーカーから、グルグル回るように聞こえる音が素朴に好きだった。思えばこの頃、どれだけの「ロックバンド」が生まれたのだろう。そして、その中で、いくつもの「ロックバンド」らしからぬ特異なバンドが生まれていた。映画のセリフでもあったように「Queen」はロックバンドではなく「Queen」だった。

 

「ロック」が自由と同義だった頃、それはエンターティメント・ビジネスの最も期待されるジャンルだった。ロックは。冴えない若者が成功を手に入れる近道だったし、安易な縮小再生産が始まるのもその頃だった。パンクもそうだった。それでも3つのコードがあれば自分たちの歌を作り歌うことができた。勢いもロックと同義だったし、反体制とか反抗も、主張が稚拙であってもそれは紛れもなく若者の言葉だった。そしてそんな若者の音楽を同じ境遇の若者は歓迎した。ロックはクラブやライブハウスから大きなホールやスタジアムでかいさいされる巨大なイベントになっていった。

それでも、ロックは音楽だった。だから音が僕らを捉える。耳が痛くなるほどの爆音も、思想を反映したような複雑な変拍子も、それはロックであったし、「おれたちの音楽」だった。

 

Queenをそんなロックの中に組み込んでしまうのはどういう訳か躊躇する。簡単には真似できないような音楽が、ロックを纏っているようだった。もちろんビッグなバンドだったし、日本公演も大成功した。僕は一度も生では観ていない。好きなバンドではなかったけれども、ずっと並走していたようなバンドだった。フレディーが死んで、ポール・ロジャースが歌ったこともあった。でも、それはもうQueenではなかった。フレディーがQueenだったのか? そうかもしれないし、ブライアン・メイがギターを弾かないQueenも、多分、ジム・モリソンのいないドアーズみたいだったんだろう。

 

バンドってなんだろう? 子供みたいな疑問が頭を巡る。ビジネスでロックを演じることも才能だろうと、今のバンド達を見ていて思うことがある。ちょっと変わった、でも、それほど大きな逸脱ではない無難な抵抗を、ロックだと思い込ませるのも才能かもしれない。でも、そんな事をしたかった訳ではないのは、早逝のロッカーを見ていれば解る。彼らが身を滅ぼすほどに引き裂かれたのは、ロックという魔物がとてつもない許容力で彼らを包み、這い出すこともできないような足枷を誰もが嫌がり、それでも自分たちの「何か」を生み出すことを要求され、苦悩というにはあまりにもリスクの大きな苦難があり、あるものは死に、あるものは逃げ、あるものは無難な老後を目指した。僕らは何故、ロックに惹かれるのか?

そんな事を走馬灯のように思い巡らされる映画だった。

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