2016.10.25 Tuesday

クリスチャン・ボルタンスキーとChim↑ Pomを同じ日に観る面白さについて

先日、目黒庭園美術館で「アニミタスーざわめく亡霊たち』を観て、その後に新宿歌舞伎町でChim↑ Pomの個展「また明日も観てくれるかな?」を観た。
旧朝香宮邸で、休日の庭園を楽しむ家族を横目に、銀色のエマージェンシー・ブランケットで覆われたナチスの没収品の山(中身が本当に古着の山であるかどうかは見えないのだが)をみつめる、巨大にプリントされた眼差しを観る。干し草が敷き詰められたフロアーにある大きなパネルには、はじめは海の景色かと思った、世界で最も乾燥した砂漠と、香川県の夏らしい森林が映し出され、鉄器で作られた風鈴が揺れている。
見えないものが見えてくる時、ボルタンスキーのインスタレーションは、立ち止まる時間と作品と対話する静寂さを誘う。
過去と対話する時間は、重苦しく、それでも心地よい。その対話が現在との通路になっている気がする。

歌舞伎町の喧騒のなか、何度か通ったはずの街の一角の古びたビルにその入口はあった。学生時代にはライブ会場として通ったアシベ会館の直ぐそば。
取り壊される古いビルは、歌舞伎町の幾つもの記憶を丸抱えしていたかのような外観を見せる。どれだけ変わったのかわからない各店舗の看板。周囲は高層化して、すぐ裏はゴジラがいる「TOHOシネマズ」のビルだ。かつて「コマ劇場」だったころ、ここではどんな音が聞こえたのだろうか? どんな人が、この3階の雀荘に通ったのだろうか? Chim↑ Pomが見せつけるどこを掘っても「現在」が出てきそうな空間は面白い。しかし、どこまでも現在。更新し続けるただの「現在」は、こうして見せつけられることで、かろうじて「現在」を演じきって葬られるように思う。そうでなければ、あっさりと「過去」になってしまうような、一過性の現在の連続が、束になってそこに積み重ねられていた。
http://www.cinra.net/interview/201610-chimpom

2016.06.09 Thursday

だれにでも思い当たる細部が積み重なり「かつてそこにあった」匂いがする

JUGEMテーマ:映画


『海よりも まだ深く』 
原案・脚本・監督:是枝裕和 撮影:山崎 裕 2016年 117分 日本


だれにでも思い当たるような出来事が積み重なって、「かつてそこにあった」ような匂いがしてくる。ありふれた家族とは少しだけ違うけれども、当たり前の感情をそれぞれが持っていて、少しだけ気を使い合っている。むしろそういう家族が少なくなったのかもしれない、と思う。

郊外の団地は、1960年代に次々に作られ、当時は「あこがれの団地住まい」だった。そういうPR映画を観たこともある。その映画には、申し訳程度のベランダに、わざわざテーブルと椅子を設置してウイスキーを飲んでいる姿があった。銭湯に行かなくても自宅に風呂があり、畳から椅子、座卓からテーブル、雨戸からサッシ、そしてインスタントコーヒーや紅茶とクッキーが団地生活のシンボルだった。そんな団地はどこも住人の高齢化と建物の老朽化が進み、ここ十数年は建て替えが工事が進んでいる。

『海よりもまだ深く』で描かれるのは、まさにそんな団地の記憶であり、そこで育った子どもたちが、それぞれに家庭を持ち、父親の死をきっかけに、その記憶を再び醸成するような物語だった。描かれる細部は、どれも記憶の隅にあり、言われなければ忘れてしまっているようなものだ。例えば、母親が狭い台所を通って干した布団を部屋に入れる。テーブルでは娘が喪中の葉書の宛名を書いていている。そのテーブルには雑多なものが置かれている。冷蔵庫の中のカップで凍らせたカルピスはなかなか溶けず、「冷蔵庫臭い」という。大切なモノが米びつや押入れの戸袋に隠してある。風呂はところどころ黒ずんでいて、久しぶりに入った息子は、浮かんできた風呂釜の汚れをすくっている。

事件といえば、台風が近づき通過して行くことくらいだ。この台風は、元家族の気持ちを少しだけ揺さぶりはするものの、また、元の日常に戻っていく。この少しだけ揺さぶられた気持ちの機微が美しいと思う。相米慎二が『台風クラブ』で描いたのは、中学校に取り残された生徒たちの突発的な気持ちの昂ぶりだった。台風はその引き金として、彼らの気持ちを大きく揺さぶった。今、台風は大人になりすぎた夫婦を大きくは変えないけれども、遠慮がちに興奮する子供の姿が、自分たちを写しているようにも見える。聞き分けのいい子供は、野球選手には「なれるわけがない」と悟り、大きな夢を見るよりも「地方公務員」になりたいという。父親は自分がそうだったことを思い出すが、今は、「小説家になったことがある」夢の記憶をたどりながら、食うための仕事とギャンブルで生きている。台風の夜に、タコの形をした奇妙な遊具の下で過ごしたことがあるという父親の話は面白い。悪友と給水塔に登って降りられなくなったという話は、冒険のし過ぎで迷惑をかけた自分の姿を映し、今、息子とはタコの遊具の下で過ごす。行き過ぎない冒険は、控えめな息子を適度に刺激する。息子に買ってあげた宝くじが、台風の夜に散乱し、雨の中を「元家族」がみんなで拾うシーンは、そんな微妙な将来を暗示しているように思う。

オリジナルの脚本の映画が少なくなった。マンガやベストセラー小説、テレビドラマの劇場版ばかりが増えている。こういう美しいオリジナル脚本の映画が、もっと観たい。

 
2016.06.01 Wednesday

「まずは観ておこう」と思った映画は「とにかく誰かに話したくなる」映画だった


『ヴィクトリア 』
監督:セバスチャン・シッパー 撮影:ストゥルラ・ブラント・グロヴレン 2015年 ドイツ 139


140分のワンカットであることも予告編で知って、これはどんなに退屈だったとしても見ておくべきだと思った。その試みに敬意を表したかったからだ。
すさまじい映画だった。前半の数十分は、ヴィクトリアがクラブで出会った若い男たちと、ダラダラと酒を飲んで過ごす。日本でも見かけそうな、珍しくはない状況が続く。午前4時だと誰かが言った。明らかに品のない若者たちに、嫌悪ではなく僅かな共感を頼りに惹かれていく危うい娘がいる。一旦は若者と別れ、そのうちの一人・ゾンネに送られ、早朝から開けなければならない勤め先のカフェで、自らの挫折を語る。ピアニストになろうとしていた日々は、多くの同じような夢を見る若者がそうであるように打ち砕かれ、ヴィクトリアはベルリンに来たのだという。ゾンネと少しだけ通じあって、何事も無く明けるはずだったその日は、まだしらんでもいない頃に一変する。
「やばい仕事」に巻き込まれる。ありがちなストーリーだと思うが、その展開の速さに目を奪われた。強盗に言ったんは成功し、逃走し、冒頭のクラブで成功に酔う。再び逃走、銃撃、仲間の死、逃走、ゾンネの死、逃走。めまぐるしく変わる状況が、ワンカットで撮影されていることを忘れ、そのことに気がついて驚く。
自分が見ておくべき映画というだけでなく、誰かとその凄さを共有したくなる映画だった。

 
2016.05.09 Monday

ふたつの「ボーダー」をめぐって


『ボーダーライン 』
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 主演:エミリー・ブラント
2015年 アメリカ


『オマールの壁 』
監督・脚本・製作:ハニ・アブ・アサド
​2013年 パレスチナ 97分 アラビア語・ヘブライ語


オマールとその仲間たちが、丘の上でジョーク言い合う。どこからか運ばれた自動車のシートに座って。「猿を簡単に捕まえる方法」は、穴の中に角砂糖を入れておけばいいという。猿が中の角砂糖を掴むと手が抜けなくなる。このジョークは、映画を見ている観客に幾度か反芻させる。「簡単に捕まってしまう猿」は誰か? 最後にはオマールに「猿にならない決断」をさせる。
いい映画だった。何が? 映画として本当によく出来ている。観る者が感じる後味の悪さは、この映画が「映画」として回収されることを拒んでいる証左だと思う。
たまたま数日前に観た『ボーダーライン』も期せずして境界を描いた映画だった。アメリカ映画の中では、シリアスな社会問題を扱っていて面白いとは思った。でもそれは、やっぱりアメリカ映画だった。痛みは誰が背負うのか? 主人公の苦悩に集約してしまう脚本は、それでも良く出来ている。だからこそ、「よく出来過ぎている」のだと思う。どうしても、厄介な問題に巻き込まれた正義感を持ったの女性、という落とし所が、観る者を安心させる。
『オマールの壁』にあったのは、どこまでも連鎖する猜疑心が、友人同士の揉め事のレベルではなくなるという事態だ。誰かがスパイかもしれない。それは、どうすれば解るのか? 誰かを囮にしておびき出す。おびき出される。スパイが判った時に何が起こるのか? それが誰であったかによって事態は大きく動いていく。利用される者、取引に応じるもの、応じざるをえないもの、応じたつもりで裏切られたもの、裏切るもの。
具体的にはヨルダン川西岸に築かれた大きな壁が、オマールの精神を分断するのだが、幾つもの壁がそこにはあった。


 
2016.04.02 Saturday

こうした行為を、美術を志す学生に「正しく」伝えるのは、難しいだろうな。

   
『BANKSY Does New York
監督:クリス・モーカーベル 2014年 アメリカ 81
http://www.uplink.co.jp/banksydoesny/

大規模ないたずらが、1
ヶ月間New Yorkを席巻する。そのさまを見ながら、創作物の価値とか意味とか、活動の意義などという、とても「まっとうなこと」を考えさせられた。
 
ひとことで言えば「大規模ないたずら」だし、法的には「器物損壊」などの犯罪行為にあたる。しかしそれは、ぎりぎりの表現行為であるとも言えるし、アクティビズムの一環であるとも言える。グラフィティー・アートという呼称で、現代美術の文脈に回収しようとする画商や評論家たちもいる。80年代のグラフィティー・アートの寵児、ジャン・ミッシェル・バスキアやキース・ヘリングと比較する人もいるし、その後のグラフィティー・アートの潮流を丁寧に解説している文章も読んでみた。2016年3月25日発行の「週刊金曜日」も、この映画をめぐって特集が組まれている。
http://www.kinyobi.co.jp/tokushu/001960.php
 
人騒がせな行為であることに変わりはない。そして、それはとても愉快だ。この映画の観客は、たぶん、バンクシーと同じ視点からN.Yの狂騒を観ているけれども、「馬鹿だな〜」などと客席で安心している自分は、いつでも「馬鹿の側」に引き込まれる可能性があって、とても不安になる。実際に、『EXIT THOUGH THE GIFT SHOP』(2010年)のなかで、何の才能もないのに「アーティスト」になってしまったミスター・ブレインウォッシュは、バンクシーによる展覧会の告知文が火種になって、話題のアーティストになった。そこでターゲットにしていたのは「現代アート」ビジネスの仕組みだった。話題を作ればアートになる。時代の寵児が推薦すればゴミのような創作物が何万ドルで売れる。根拠もなく時代を先取りしていると思い込んでいる危うい自分たちも、その作品や作者を褒めそやす側になるかもしれない。そうした狂ったシステムは、我々の日常に蔓延している。
 
それにしても、バンクシーの魅力がその創作物の「切れ味」であることは、これまでのグラフィティーとは一線を画す。政治的なメッセージや、不覚にも感動してしまいそうな動画は、その切れ味とともに記憶される。バンクシーのシンボルのように商品化された『Something In The Air』では、火炎瓶か石を持っていそうな若者が、花束を放る様子が描かれ、『Napalm』では、最も有名な戦場写真の「全裸で走るベトナム人少女」がミッキー・マウスとドナルド・マクドナルドに手を引かれている。こうした皮肉や風刺は、切れ味がなければ「すべる」だけだし、表現手法や「場所」の選択も大きく左右する。人騒がせといえば、2003年にパレスチナの隔離壁に描いた一連の作品は、その「場所」との関連が、即ち作品の意味であったといえるだろう。『BANKSY Does New York』に出てくるアートディラーは、その壁の一部を切り取ってわざわざ自分のギャラリーに運んできたという。「場所」から切り離されても、バンクシーの作品として数万ドルの価値を産んでしまう「バカバカしさ」がそこでは示されていた。

作品の価値という意味で傑作なのは、「10月13日」という日付の「行為」だろう。露天商の男を雇って自分のスプレー画を60ドルで売るというものだ。バンクシーの作品のアイコンとして有名なそれらは、見るからに模造品のように露店に並べられているが、本人のサインもある「正規品」が並んでいる。それがバンクシーのアイコンであるかどうか知ってか知らずか、たまたま購入した客は、バンクシーがその「行為」を自分の仕業だと認めた瞬間に、露天のスプレー画が30万ドルの「美術品」になるという事態をしる。バンクシーが設置した作品を盗むものもいる。もともと不法投棄だからそれを外して持ち帰ろうとする者が窃盗犯かどうか疑わしい。「器物損壊」を受けた側のオーナーや店主は、そのドアやシャッターを切り外して、大切に保存するか売り払うかする。「宝物を書きつける犯罪行為」とは、グラフィティー・アートの違法性も揺るがす。そして、それらが大切にされようが、持ち去られようが、上書きされようが、消されようが、当の仕掛け人は感知しないという約束事もある。膨れ上がる作品の値段も、匿名の作者とは無関係の取引であるようだ。N.Yの警察はバンクシーを逮捕するために奔走するのだが、周到に計画された組織犯罪であるため、ついに逮捕することも、目撃することもでない。この匿名であることを維持するエネルギーは、実は相当なものだろうし、多数の協力者(共犯者)がいるはずで、映画の中でも指摘されていた「匿名のブランド」を保つためには、組織力も必要だ。そうした大きな「匿名性の物語」を、どこまで拡大していくのだろうか。
 
こうした行為を、美術を志す学生に「正しく」伝えるのは、難しいだろうな。


 
2016.03.24 Thursday

美しい映像が、自分の貧しい記憶を超えて迫ってくる

 

『風の波紋』 監督:小林 茂 2015年 99

http://kazenohamon.com


その厳しい土地に定住しようという決意がどこから醸成されるのか? 僕には解らない。築200年という古民家を譲り受けて、改装して住むということ。それが2011年の震災を経て傾き、その家を諦めずに傾きを直し、また、住むということ。そこに定住するための原動力は何なのか? この映画は、それを教えてはくれない。

木暮さん夫妻は、そこで生きている。借り物だという田を耕し、「ぜんぜんいやじゃあないよ、これが俺のキャンパスみたいだ」と言う。本当だろうか? と思う。その答えも、この映画にはない。でも感じ取ることは出来る。たぶん本当なんだと、映画を観終わって思う。それが映像の力だったのだと改めて思う。圧倒的な自然と、圧倒的な映像の力が、言葉を超える。美しい映画に特有の映像による言語が、そこにはあった。

2016.03.23 Wednesday

樽川さんの言葉だけが、すべてだった

 

『大地を受け継ぐ』 監督:井上淳一 2015年 86

https://daichiwo.wordpress.com


僕は疑問に思った。この映画の力は何なのかと。福島県須賀川市で農業を営む樽川和也さんの言葉がすべてだ。90分位を樽川さんの家の座敷で、その話を聞いている。冒頭の新宿のシーンで、バスに乗り込む若者たちが映される。その若者たちは、じっと樽川さんの言葉を聞いている。観客も聞いている。若者たちは1日だけ、樽川さんの思いに、想像を傾ける。観客も同じようにそこにいる。カメラも、監督もそこにいる。

この映画を観終わったあと、予定にはなかった監督の挨拶があった。「この若者たちの中に、引っかき傷のように、樽川さんの言葉が残ればそれでいいのではないか」と監督は言った。映画のラストで新宿駅に三々五々消えていく若者のの映像は、きっとこの一日の体験が、それぞれに記憶されていくのだろうな、という印象は残す。事実、その後の彼らのコメントは、パンフレットに記されているのだという。僕はその言葉を読む気持ちになれない。原発の後、お父さんが先行きに絶望して自殺して、それでも農業を続けている樽川さんの言葉を直接聞いた若者が、どんな言葉を残したか? 実はそんな言葉はどうでもいいのだと意地悪く考えてしまう。 11人の若者のうち一人でもその引っかき傷のようなものを大きな問題として抱えたからといってなんなのだ。物事はもっと大きな問題なのではないか? いや、もちろん、わざわざ話を聞きに行った若者たちが、どういう受け止め方をして、それを誰かに話しをして、それが次に繋がるかもしれないという希望は理解できる。では、この映画そういう希望を見据えた問題提起の映画だったのか? 僕は、この映画が、『ショア』のように、幾つもの証言を集めた映画になれば意味があると思う。

監督は、樽川さんの沈黙の奥に、大きな問題があり、その沈黙を伝えたかったのだと言った。僕は今、その沈黙の奥底の問題を感じ取ってもらいような場合ではないと思う。樽川さんの沈黙に意味を見出すよりも、もっと伝えなければならなかった映像があったんではないか? 僕の不満はその一点だ。 この映画はよく言おうとすれば、小川紳介の『三里塚部田部落』のように、言葉以外の動きはない。しかし、そうだろうか? 僕はこの映画に、若者たちの体験を持ち込んだ時点で、映画の意味は違ったはずだと思う。だから、この映画をあえて、ダメな映画だったと言いたい。

もちろん、樽川さんとお母さんの言葉を大切にしたいという意志は、最大限に尊重したうえで。

2016.03.22 Tuesday

僕が観たのは「牡蠣工場」だった。

 

『牡蠣工場』 監督:想田和弘 2015年 145


僕が観たのは「牡蠣工場」だった。岡山県のある港の、そこで何件かの水産業者が牡蠣の養殖を営む「牡蠣工場」だった。それ以上の情報はない。いや、本当はたくさんの情報があった。でもそれは、日本の水産業の、そのうちの牡蠣養殖業の、岡山県のとある港の、何件かの水産業者の、そこで働く何人かの人たちの、いつもの日常だった。そこで無邪気に遊ぶ子供達とか、近所で「しろ」と呼ばれているが実は「ミルク」という名前であるネコとか、後継者の不足から中国人を旅費を捻出してでも受け入れる様とか、そのために仮設のユニットハウスを62万円で購入して受け入れ準備をする様子とか、一度名前を紹介されただけでは誰だか覚えられないおばちゃんとか、総じてこの牡蠣養殖とという産業は、厳しい状況にあるのだということとか。

 

想田監督が「観察映画」第6作などと、あえて画面に出すことの意味を掴みかねていた。この種のドキュメンタリー映画は、あえて「観察映画」などと呼ばなくても、これまでにも幾つもあったではないか? でも、あえて「観察映画」とその手法を特権化しようとする意図は何なのか? おそらくはドキュメンタリー映画を見続けてきた者には、それほど珍しいわけではない手法や覚悟を、あえて、日本映画のなかでそういう特別な「覚悟」を示したのだと思う。自分はこういう映画を作っていくし、それを「観察映画」と呼ぶことで特権化する。それは、映画のためではなくて、日本のためだ、と言われている気がした。

 

僕は、想田監督の意思を尊重するし、こういう映画がもっとたくさん作られればいいと思っていいる。だからこそ「観察映画」という言葉を持ち出すことにも意味がある。状況の説明をしない。観たものだけを伝える。憶測などのコメントをしない。メッセージ性を言葉にしない。そういうことだろうか? それは正しいと思うし、特別なことではないとも思う。でも、続けて欲しい。日本のもっとたくさんの地域の何かを、こういう方法で伝えて欲しい。誰かと戦わなくても、行き詰まるような緊張感がなくても、誰かを傷つけなくても「映画」はできると思う。

僕もいずれ、「水俣」でこういうことをしたいと思っている。

2016.03.20 Sunday

「あるがまま」をただみつめるだけだった

 

『袴田巌 夢のなかの世の中』 監督:金 聖雄 2016年 119

http://www.hakamada-movie.com

撮影対象の人物やその家族の時間を、まるで一緒に過ごしたかのような錯覚を覚えることがある。そんな時間の共有ができるような映画に惹かれる。もちろん、限られた上映時間で完結する映画は、制作者の側の時間配分にコントロールされる。ゆっくりとしたテンポの長回しだから時間を共有できるというものでもない。それでも、登場人物と同じ時を体験しているような感覚を覚えることがある。この映画もそうだった。


監督の金 聖雄(きむ そんうん)さんの映画では『SAYAMA 見えない手錠を外すまで』(2013年)がそうだった。あるいは本橋成一さんの『アラヤシキの住人たち』に、同じような時間感覚を覚えた。いずれも大きな出来事が起こるわけではない。とりわけこの『袴田巌〜』は、現実世界に戻された元死刑囚が、経験した日数のほうが少ない「当たり前の日常」を送る映画だ。その日常とは、袴田さんの意識の中では、時々どこか違う場所の出来事のように、容易に妄想の世界と入れ替わる。獄中で書かれた手記には、すでにその妄想の世界が見える。犯罪者も死刑囚もなく支配者もなく、あるいは自分が支配者で、云々といった、どこを指しているわけでもなさそうな世界が、確かに袴田さんの頭のなかにはありそうだ。時にその世界の住人であり、現実に秀子さんと暮らすのは、老いた兄である。


死刑判決を受けながら無罪を主張し続け、2014327日に冤罪に関わる再審が決定して、48年間の拘留から妹・秀子さんのもとに戻った。戻ったというよりは、48年間疎遠だった肉親と再会して、生活をともにし始めたということだろう。48年間の拘留を想像することも出来ないし、無実でありながらその言葉が届かない無念さも理解できるはずはない。そこでどんな精神的な変化が起こったとしても、無理はなかろうということくらいしか思いを巡らせることは出来ない。それは、家の中の決まった場所をひたすら歩き続ける姿を見続けることで、ほんの少しだけ解った気になるのだ。昼寝をしている姿も、食事をしている姿も退屈だとは思わなかった。

「巌のあるがままの姿を見て欲しい」と、チラシには秀子さんのコメントが載っている。あるがままを約2時間見続けることが出来たのは、袴田さんが、今を生きていることだけが真実として伝わるからだろう。もちろん、冤罪とその被害者という国家による犯罪が描かれている。それでも、この映画には、掘り下げるような意味や意図、あるいは批判やメッセージがあるようには思われない。ひたすら現実の表側を流れる二人の日常しかない。

2016.01.13 Wednesday

成人の日に『ヤクザと憲法』を観ること

 

『ヤクザと憲法』

監督:土方宏史 プロデューサー:阿武野勝彦

東海テレビ放送 201596分 HD

http://www.893-kenpou.com

成人の日に『ヤクザと憲法』を観てきました。祝日ということもあってか、ポレポレ東中野は満席で、座布団を敷いた通路席まで用意していました。ドキュメンタリー映画で満席というのが、ドキュメンタリーを応援している者としては嬉しいですね。

 

見終わってしばらくは黙って考えていました。たぶん、いろいろな意見があって、様々な場で論議がかわされていることでしょう。論議の対象となる映画はとても面白い。

ヤクザの始まりは江戸時代の火消しらしいという説明が出てきます。火消しの組には危険を顧みずに我先にと火事現場に向かう、勇ましい男の姿があったことでしょう。誰が、どこの組が一番勇敢だったのかも競われたのでしょう。そういう男たちの親分がいて、組の者の世話をしていたのかもしれません。歴史的な事実は調べていないのですが、もしかすると「火消し」はその後、地域の揉め事も解決する火消しになっていったのかもしれません。調停や仲裁をする信望のある強い親方がいたのかもしれません。ヤクザは賭場の仕切りや祭りの仕切りなどをしていたようですが、地域にとっては「必要悪」として、ある時は頼りになっていたのかもしれません。

 

木村栄文さんの『祭ばやしが聞こえる』(1975年)には、九州のヤクザの親分の姿が描かれます。銭湯で背中を流しながら、親分(テキ屋だったか?)にインタビューする木村栄文さんの姿が印象的でした。この映画の親分は、地域の祭でテキ屋(的屋)の出店場所を割り振ったり、祭りそのものを円滑に進める役割を担っています。各地からやって来るテキ屋が争わないように、うまく文句のでないような場所割をする大切な役割です。当然、場所代も受けとっていたことでしょうし、それが仕事としてセオ律していた時代です。この番組では、この親分のような古いタイプがやがて代替わりしていくことを併せて描いています。地域の組が、やがて現代ヤクザに変わっていくことを暗示しています。

 

地域の必要悪として役割を持っていたヤクザは、その地域だけで存在感を維持していれば、現在のような状況にはならなかったのかもしれないな、と思いました。いいことではないけれども、ある種の信頼関係で繋がっていたヤクザとテキ屋、水商売や興行師などの関係は、地域にとどまっていた限りではそれほど大きな問題ではなかったのかもしれない。やはり、広域化して勢力を拡大した組が現れたことで、巨大なピラミッド構造ができてしまったのだと思います。組織が大きくなれば、上納金などが拡大し、勢力争いに拍車がかかる。その繰り返しが、現代ヤクザの抗争だったのでしょう。その辺の事情には詳しくありません。

 

この映画で指定暴力団が21団体であるという実数を知りました。それらを頂点として、その配下の組があり、その系列に幾つかの小さな組が連なるという構造のようです。映画では「二代目東組二代目清勇会」が描かれます。部屋住みの二人の組員は、ひとりは出所したばかりで組の事務所に住み込み、もう一人は21歳で自分から組で仕事をすることを志願して門を叩いたそうです。一番若く下っ端の彼は、これまでの若い志願者のイメージを覆します。非行と暴走族を経て組員になりたがるヤンチャな若者ではなく、どちらかと言えばおとなしそうな、不器用そうな若者です。おそらく彼は、学校ではいじめられる側であったか、家庭で居場所を失ったのか、そういう訳を抱えていそうな若者です。この組にかぎらず、居場所を求めてヤクザになろうとする若者がいるのでしょうか?

 

山口組の顧問弁護士・山之内幸夫も重要な役割で登場します。組との関係で幾つかの係争を担当し、恐喝容疑で起訴され、無罪となり、器物破損教唆罪で最終的には懲役10ヶ月の実刑判決がくだされる。すなわち、弁護士の資格が剥奪され、仕事を継続できなくなります。この弁護士の言葉は、マスメディアでも伝えられていました。「有罪で開き直り、顧問料は月20万」といった、判決後の見出しも検索できました。声を荒げて抗議声明を出したと書かれています。この映画で見る限りは、その語りはとても穏やかです。事務所も質素で事務のおばさんが今はひとりだけ働いているのだといいます。判決後に事務所に戻り、判決を「仕方ないかな〜」と受け入れる姿は、映画向きの演技なのでしょうか?

この山之内弁護士の姿は、この映画を見る限り、制作者は擁護しているように映ります。「ヤクザが社会からドロップアウトした人間の受け皿だ」という主張も、この流れではついうなずいてしまいます。車の修理で揉めたという組員のひとりが、保険金詐欺請求未遂というよくわからない罪名で捕まり、事務所に強制捜査が入る際も、カメラはむしろ警察と対峙しています。「乱暴なのはどちらなのか」と思ってしまう。もちろん、組員が高校野球の賭博をしきっていたり、どうやら薬物を売っているらしい現場も捉えています。これは明らかに悪事だし、犯罪です。だからその稼ぎ方を肯定することは到底できません。ヤクザはいなくなった方がいいし、抗争もなくなればいい。それにしても、このやり方しかないのか? というのがこの映画の趣旨だと思います。

この映画自体が、指定暴力団の印象を和らげていることも事実です。それが、「ヤクザへの利益供与」にならないだろうかと心配です。

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