2020.09.19 Saturday

この機会に1976年の旧作も配信してほしい。父との思い出のある映画『ミッドウエイ』の新作は見事な「THE・アメリカ戦争映画」だった。

『ミッドウェイ Midway』 

監督:ローランド・エメリッヒ 2019年 アメリカ・中国・香港・カナダ 138分

 

アメリカ映画『ミッドウェイ』が観たくなってTOHOシネマズ池袋に行きました。

今ではあまりこういう映画はわざわざ観に行かないけれども、実は理由がありました。

本当は、せっかくだから大きなスクリーンで立体音響のようなシステムで観ようと思ったのですが、9月18日からクリストファー・ノーランの新作『テネット』が公開されて、大きなスクリーンは軒並み『テネット』になってしまいました。出来て間もないTOHOシネマズ池袋にも行ってみようと思っていたので、仕方なく76席の一番小さなスクリーンで観てしまいました。とは言ってもTOHOシネマズですから、シートも快適だし、スクリーンも大きい。音も十分に楽しめました。

 

実は、1976年の『ミッドウェイ』は僕が中学生の頃に、父親と観に行きました。中洲の大きな映画館だったはずです。当時は「センサラウンド方式」という新しい音響システムが導入されて、『大地震』というパニック映画では、重低音で椅子の揺れを感じたのを覚えています。この頃は、エアポート・シリーズとか『タワーリング・インフェルノ』とか『サブウエイ・パニック』とか、もちろん『ジョーズ』とか、そういうパニック映画が随分と流行っていましたね。サメだけではなくて蜘蛛とかタコとか虫とか、巨大な生き物に襲われる映画も流行りました。僕が中学生から高校生にかけては、アメリカ映画や便乗外国(イタリア映画がそうだった)映画はそういう状況だったんです。もちろん他の映画もあったでしょうが、中洲の映画館ではアメリカ映画のロードショーが主流でした。

父は予科練で終戦を迎えていて、「後3ヶ月戦争が延びたら特攻に出る予定だった」と話していました。時々、予科練の話もしていました。小柄だった父は、支給された制服や訓練服がぶかぶかだったそうで、当時の教官からは「貴様らに合わせた服は無い、服に体を合わせろ!」と言われたそうです。また、海軍精神注入棒で気合を入れられたそうですが、話を聞くと殆ど理由のない暴力で、ただ、眠れないくらい痛いケツバットだったそうです。そんな父が『ミッドウェイ』を観たいと言ったものですから一緒に行きました。観終わると色んな話をしてくれたのですが、殆ど覚えていません。おぼろげに覚えているのが、南雲中将の判断ミスが大きく戦局を変えたというようなことだったか。これは2019年の『ミッドウェイ』でも描かれていますが、アメリカ艦隊の待ち伏せに気が付かずに、ミッドウェイ島の陸基地を攻撃するつもりだった南雲は、戦闘機に搭載する爆弾を「魚雷」から「陸地爆撃用」、また「魚雷」に積み替えて、発艦の時間が遅れたというものです。しかし、もしもこの時の日本の連合艦隊が勝利して、アメリカ軍に相当な痛手を与えていたら、いずれそうなった敗戦の日はもう少し後になって、父は特攻で飛んでいたかもしれませんね。父親が14歳の頃、ミッドウェイ海戦のことは、きっと「勝った、勝った、のデマ戦果」を大本営発表で聞いていたでしょうから、軍国少年の志は高まっていったのだと思います。

 

1976年の『ミッドウェイ』はアメリカ建国200年記念映画とも言われていて、多分にプロパガンダも含まれていたでしょう。しかし、2019年はどうか?

古いパンフレットを読み返していると、1976年版はたしかに当時のアメリカ映画を支える大スターが集結していました。ヘンリー・フォンダ、チャールトン・ヘストン、ロバート・ミッチャム、ジェームズ・コバーンといった布陣で、山本五十六は三船敏郎です。三船だけは監督の意向で決まっていたそうで、他の日本人は南雲中将のジェームズ・繁田など、すべて日系の俳優たちでした。

ストーリーでは、もちろん大筋は史実なので変わりませんが、描かれる中心的なキャラクターが随分と違います。チャールトン・ヘストンが演じたガース大佐は、息子トムが日系人の女性(佐倉春子)と恋に落ち、逮捕されている彼女の両親の釈放を父に懇願したり、その春子がスパイの疑惑があるとFBIから連絡上がるなどというエピソードは登場人物も含めてまるごと無い。かわって2019年版の中心は、真珠湾奇襲攻撃で大切な友人を失い、復習に燃える勇敢なパイロット、ディック・ベスト大尉で、ベストが1日の攻撃で2艦の空母に爆弾を命中させ、戦局を変えた英雄であることが、この映画の全てであると言ってもいい。したがってこの映画は真珠湾攻撃から導入しなければならない。奇襲攻撃によって甚大な被害を受ける真珠湾を導入部で描く。ディック・ベスト大尉は、粗野で無謀だが勇気ある優秀なパイロットで、日本の空母に爆弾を落とすことが友人の弔いだと思っている。映画の方向は決まったようです。一方で、76年版でも重要視されている暗号の解読には、ベストと対象的な情報主任参謀エドウィン・レイトン少佐が描かれます。真珠湾のエピソードより先に、日米開戦の前に、レイトンが日本に駐在していて、山本五十六と親しかったことが描かれます。レイトンは情報参謀として日本の動きを予測しますが、山本と親しかったことから、日本軍の動きを予測せよという流れです。暗号解読が15%程度の精度であることや、日本軍の陽動作戦ではないか、といった不安が判断を鈍らせます。レイトンとベスト、この二人の対象的なキャクターがこの映画の中心です。

 

もちろん、かつて今野勉さんが『ルーズベルトは知っていた』というドキュメンタリー番組で指摘したように、真珠湾攻撃の情報はアメリカ軍には掴まれていたというのが史実のようです。中立だったアメリカが参戦するにはそれなりの強力な理由が必要で、そのためには「自衛のため」あるは「やられたらやり返す」というのが一番強力です。真珠湾を犠牲にしたのかといえば、そうだったのかもしれません。

これを機会に旧作の1976年版も公開か配信してくれると、もう一度観て詳しく比較したいところです。アメリカ軍のプロパガンダ映画を撮っていたジョン・フォードがちょびっと出てくるのも面白いですね。

 

 

2020.08.30 Sunday

「食べ合わせ」という言葉があるが、映画にもたまたま巡り合った順番というものが確かにあると思う。

『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』 原題:Mr. Jones

監督:アグニェシュカ・ホランド 2019年 ポーランド/ウクライナ/イギリス 118分

 

この映画を観る前日に、よせばいいのにNet Flixオリジナルドキュメンタリー『ジェフリー・エプスタイン:権力と背徳の億万長者』を4話続けて観てしまい、どうか悪い夢を見ませんようにと願って眠ろうとして、「しまった、明日はスターリンの時代を描いた映画だ」と思いながら、不安で仕方なかった。悪い夢は観なかったけれども後味の悪いドキュメンタリーを観ると長く引きずるものだ。そして、この映画を観終わって帰宅すると「安倍総理辞任」を伝えていた。

 

『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』は、内容の前にとても残念な邦題だと思った。原題は『Mr. Jones』とてもシンプルなタイトルは、物語の深刻さを反映していてとてもいい。タイトルだけではなんだかわからない。Jonesはいったい誰で、何をしたのか? 映画の中でも振り返れば頻繁に「ミスター・ジョーンズ」と呼びかけられる。ある程度、社会的に高い地位の仕事をしていることがわかる。当時の英国首相の外交顧問であったというから、英国人ならば「ミスター・ジョーンズ」でも察しが付くのかもしれないが、邦題はどうしても内容をわかりやすく伝えようとしてしまう。仕方のないことだが、かえって味気ない。例えば、ケン・ローチの映画ならば『ケス』とか『マイ・ネーム・イズ・ジョー』とか『わたしはダニエル・ブレイク』とかそのまま邦題にもなっている。あるいは最近見た韓国映画『はちどり』では、映画の中では一度も「はちどり」は出てこない。そういうタイトルでもいいと思うけれども配給する側の不安を反映して説明してしまうのだと思う。

 

実在の英国人記者ガレス・ジョーンズのことは全く知らなかった。この映画に描かれるような「ヒトラーを取材した記者」であったり、スターリン時代にモスクワに入り、厳寒のウクライナを取材した事が、その後のヨーロッパの動向に大きな影響を与えていたことなど、本当に自分の無知を恥じる。スターリンがウクライナの食料を搾取していたために、モスクワは対外的に繁栄を見せていた。知らなければ済んだかもしれない大国の虚構を自分の目で確かめに行ったジャーナリストの話だ。映画のエンドクレジットでは、ジョーンズがウクライナの飢饉を伝えた2年後に、モンゴルを取材中に誘拐されて殺害されたことを伝えている。

ところで、冒頭のカットから不気味なクローズアップで豚の様子を描いているのは、この映画の語り部であるかのように現れるタイプライターに向かい合う男との関係であり、ジョーンズが『動物農場』(1945年)を書いたジョージ・オーウェルとも接点があったのではないかという描写は面白い。『動物農場』の農場主はジョーンズという名前であるそうだ。ということで早速『動物農場』の文庫本を注文してしまった。

 

映画の面白さは、描写のディテールにも及んでいる。当時のモスクワに駐在していた新聞社で交わされる煮え切らない対応は、スターリンや政府との取引の根深さが示唆される。あるいは淫らなパーティーに興じる新聞社の幹部たち、ジョーンズが滞在を打ち切られるホテルや、監視がつきまとう街の描写などであるが、反面、ウクライナに潜入した時の状況描写では、僅かな食料も奪われて雪原のような過酷な場所で数日を過ごしたとすれば、凍死しないまでもよく凍傷にかからなかったものだと思ってしまった。子どもたちが歌っている歌詞にあるように、「みんなが狂っていった」のだろうし、飢餓の描写はたしかに痛々しい。

捕まったジョーンズは、政治的な取引でイギリスに戻る事ができるのだが、その経緯が腑に落ちない点もある。ウクライナで見てきたことを語っても、メディアからは嘘つき扱いされて失職し、故郷のウェールズに戻る。地方紙で仕事をしているところに、アメリカの新聞王がウェールズに滞在する。『市民ケーン』で描かれたウイリアム・ランドルフ・ハーストは、ウェールズの別荘に定期的に滞在していたらしい。強引にハースト邸に押しかけて、モスクワでの話を記事にできるというストーリーなのだが、アメリカの関与を匂わせるスターリンの資金源というところが最後までよくわからない。闇とはそういうものかもしれないな、と思いながら、きっともっと大きな闇が、そうとは伝えられずに葬られたのだろうと想像した。

 

映画を観ると不思議な連鎖というものがあるもので、翌朝の東京新聞の書評欄に『私は真実が知りたい』(赤木雅子+相澤冬樹)がとりあげられていた。永田浩三さんが書評を書いている。その後に、永田さんがFBでこの書評のことを書いていて、唐突にモフセン・マフマルバフの『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』という書名を挙げていた。新聞の書評に紙数があれば、そこでも触れていたのかもしれない。ちょっと気になってマフマルバフの本を読み返していると、こんな記述を見つけてしまった。思いがけずマフマルバフとスターリンとが繋がってしまった。面白いものだな、と自分でちょっと感心してしまった。

 

「ナイフや短剣、剣で首を切って殺すことと、銃弾や手榴弾、地雷、爆弾、ミサイルで殺すことの間に、どんな違いがあるのだろう。ほとんどの場合、暴力に対する非難は、暴力の方法に対する非難であって、暴力そのものに対する非難ではない。今日の世界は、世界が不公正であることの結果として100万人のアフガン人が餓死しても、それを暴力とは呼ばない。だがアフガニスタンでナイフで切られた首の映像は、延々と衛星ニュースのヘッドラインに流される。ナイフで切られた首の映像を見れば身震いしてしまうのが当たり前だ。しかし対人地雷で毎日7人の人間が死ぬのは恐ろしくないというのだろう? なぜナイフは暴力で、地雷はそうではないのか。近代的な西側諸国でアフガンの暴力性として批判されているのは、暴力の形式であって、その本質ではない。

西側諸国は、そうしたければ、一つの仏像のために世界をあげて哀悼し、全人類的悲劇の物語を紡ぐことができる。だが、100万人規模の人間の悲劇については、統計を満足させるだけだ。スターリンはいみじくも言った。『人一人の死は悲劇だが、100万人の死は単なる統計に過ぎない』」

(2001年3月 『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』モフセン・マフマルバフ p131~132)

2020.08.24 Monday

映画は情報の合理的な羅列ではないということを、あらためて気づかせてくれたこの映画は、いくつかの解らなさを「推して知るべし」と言っているようで嬉しかった。

『はちどり』

原題:House of Hummingbird 監督・脚本:キム・ボラ

2018年 韓国・アメリカ 138分

 

81点くらいの映画が好きだ。残りの19点はたぶん、僕にはわからない魅力としてとっておきたい。不思議な既視感はエドワード・ヤンだろうか? 映像の連続が何かの解決には向かわないそんな曖昧さを纏っていて、とても心地よい。例えば映画の半ばから気になって仕方のない女性教師ヨンジは、最後まで何も教えてはくれない。それでも、この映画に大きく貢献をしているのは、その解らなさが映画の中で魅力的であるからだ。

主人公の少女キム・ウニはもちろんそんな解らなさをずっと持ち続けている。感情の不安定さとか、思春期の揺らぎとか、そういう言語化出来る何かではなくて、行き場のない感情を家族を配慮しながら抱え込み、それでもどうしても溢れ出るさまは、それだけで愛おしい。

1994年の半年くらいを背景に持ち、金日成の死去をニュースで伝えながら、その時期の韓国の動揺はあくまでも、ウニや家族の視線の先にしか描かれていなかった。それが、ソンス大橋崩落で突然目の前の大事件になっていく。子どもたちの僅かだった動揺は、向こうから唐突に近づいてくる暴力的な展開で、忘れることが出来ない事件になっていくのだと思った。

ラストのウニの表情を捉える長いワンカットは、その視線の動きの向こう側に何を見ているのかという疑問しか残さない。それでも美しいのは、視線の向こうなどというものは、本来は描いてはならないものだと言っているようだからだ。

2020.08.13 Thursday

映画作家・大林宣彦さんは壮大な「個人映画」を作ったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『海辺の映画館 キネマの玉手箱』 監督:大林宣彦 2020年 179分

 

コロナ禍が続き、映画を観に行くことも躊躇するような日々ですが、この映画はできるだけ早く観ておかなくてはと出かけました。

 

大林宣彦監督の遺作となったこの映画について、良いとかだめだとか、素晴らしいとか共感できるとか残念だとか、そういう、ひとつの創作物を問題にするような言葉は全く浮かばない。大林さんは壮大な「個人映画」を作ったんだなと、179分をずっと見つめていた。監督の自分史の側面も多く見られる。故郷を舞台にしていたり、自身や家族の戦争体験が垣間見えたり、映画を通じてアメリカに憧れたその素朴な憧憬を隠さず、それでも戦争に反対し続ける強固な自分史を振り返り、映画的なエピソードの中に「映画」というそれぞれの時代の代弁者を織り込んでいく。そして映画作家としての映画での発話が、驚くほどに瑞々しい。僕は正直なところ、これまでの大林映画の合成した画面にはかなりの違和感を持っていた。『花筐』の時に、少しだけその本意が掴めたような気がしたのだが、それがどういう本意なのかは判然としなかった。そしてようやく、この映画で現れるのは、徹底した「映画」のイリュージョンなのだな、と思い至った。

考えてみれば映画はそれが公開された当初から、イリュージョン(幻影であり、マジック)であった。初期の観客はスクリーンに映し出される光景を現実と混同したとも言われているが、それは、われわれが初めて3Dの映像を見た時に、向かってくる何かを思わず避けてしまったその素朴な反応に近いと思う。実在する演者や風景が映し出されていても、観客はそれをやがて「映画」であると認識し、現実を模倣し、誇張し、再現前化するそれらを楽しんだ。映画が誕生してすぐに、戦争の再現が好まれたことは、いながらにして遠くの出来事を疑似体験できる映画が、特権的な娯楽へと成長していくことを助けた。もちろん戦争は現実に近づき日常も飲み込んでいった。それが、ニュース映画への興味を喚起して、映像のリアリズムを浸透していったこともまた事実である。映画は一時期に現実と同義となり、政府や軍はそれを巧みに利用し、偽り、戦意高揚・国策浸透のための映画も制作した。現実と容易に入れ替わってみせた映画は、その偽装の技術を戦争で鍛えたと言ってもいい。

 

そして戦後に、大林少年たちの心を捉えたのがアメリカ映画という幻影であったとしても不思議ではない。スクリーンには戦勝国の豊かな暮らしや文化が溢れ、その仕草や営みや音楽に心酔する。映画は幻影でありながら手が届く現実を予見していたはずだ。映画は作り出せる夢でもあった。大林少年が描いたキャラクターが映画では文字通りに命を吹き込まれたように、夢が現実を模倣しながら映画の中には再現できた。それが、大林さんの映画だったのではないかと、今は思う。

他方では、大林さんは市民映像作たちが描くリアリズムを愛したのだと思う。僕は映画界には何ひとつ貢献していないにも関わらず、およそ20年間、年に数回の頻度で大林さんと同席して市民映像を論じる機会を得た。それはきっと、大林さんがビデオ制作を通じて多くの市民映像を見つめてきた「東京ビデオフェスティバル」を、一方の極として認めていたからだろうと思う。事実、大林さんが市井の作者たちの作品を語るときの言葉は、とても穏やかであり、時に厳しく、そして暖かかった。審査委員の末席にいた僕は、市民の映像に対して、大林さんと多くの言葉を交わすことが出来た。特に戦争を扱った映像に対しての大林さんも眼差しや言葉は、作者たちにダイレクトに響いていたのではないか? そうした思いはプロの監督たちにも等しく向けられていたのだと思う。

 

この映画は、走馬灯のようだと言えばあまりに陳腐な喩えだろうけれども、ピアノを引く老人の姿は、戦時下でピアノ線さえ金属として供出させられたと語った自身であり、今、危機感の中で自由を奏でるような不安定な旋律が悲しくもある。だから、大林監督だけが回顧でき、また、将来を託したり夢を見ることが出来る、壮大な個人映画なのだと思う。

 

ところで、この映画のエンディングに流れる『武器ウギ<無茶坊弁慶>』は、武田鉄矢が歌っているのだが、榎本健一さんの名曲だとは知らずに、僕はダウンタウンブギウギバンドの曲だと思っていた。『棄てましょブギ(無茶坊弁慶ヨリ) 〜イン・ザ・ムード (In The Mood)』は『続 脱・どん底』に入っていて、これは僕が中学校の時に初めて買ったLPレコードだった。歌詞が面白くてすっかり覚えていた曲だった。当時のダウンタウンブギウギバンドが、この曲を選曲していたんだという、感動的な曲との再会だった。

 

 

2020.03.22 Sunday

こういう映画にしたかったのか、こういう映画にしかならなかったのかは判らないけれども、曲名からつけられたこの映画のタイトルは素晴らしい。

『どこへ出しても恥ずかしい人』

監督:佐々木育野 2019年 64

https://hazukasiihito.shimafilms.com

 

 

雪が降った日の新宿でこの映画を観た。雨は覚悟していたけれども、観終わって映画館のビルから見た新宿の裏通りは、明らかに雪が混じって白く舞っていた。今、観終えたばかりの映画の風景が、すぐそこにある。それは少しも不思議ではなくて、目の前の地続きの新宿は、心地よい匂いがした。

 

友川カズキを熱く語ることなど僕には出来ない。だからもしも自分が映画を撮るとすればどういう映画なのだろうかと想像してみるが、どんな映画にすることも難しそうだと思った。この映画に興味があったのは、自分もいま、ギター1本で歌うブルースマンの映画を作っているからだったし、友川カズキという「くせ者」をどうやって映画にするのだろうかという興味もあった。参考になるかもしれないとも思っていた。

 

結論から言えば、「それでも面白かった」ということだろうか? 「それでも」にはいくつかの意味がある。おそらく友川カズキをよく知っている人や、古くからの歌のファンには物足りない内容なのだと思う。なぜこの時期の記録だけなのかという、公開までの隔たりも気になる。友川カズキの、肉や骨を通って吐き出されるような言葉や音は、この映画でも垣間見える。『生きているって言ってみろ』は、衝撃的な歌だったし、今もその歌声は痛切で在る。「それでも」と思うのは、競輪に明け暮れる友川のギャンブル狂の一面が、歌との距離しか作っていないように思われるところだ。ライブの合間で語る「今も頭の中を自転車が走っています」とは、友川の本音なのかも知れない。ギャラがいいから引き受けたというライブの話しも、「金に目が眩んでいる」という言葉も、おそらくはその刹那の本音なのだと思う。ライブの曲間ではこれまでも、か細く、情けない話ばかりしていたはずだし、それは嘘では無かった。「金がなくて、ファンの人がエアコンをつけてくれた」などという話を聞いたことがあった。だからこそ、何日間もずっと一緒に酒を呑んでいたという、たこ八郎とのエピソードも、素直に受け入れることができた。だからこそ『彼が居た、、、そうだ!たこ八郎がいた』は美しい歌だった。映画のサブタイトルに「途方に暮れながら生きる」とは、まさにこういう歌詞が絞り出されるその日々のことだと思う。世間の常識との距離は、底辺で喘ぐような世俗との近さではあるけれども、貧困や博打好きといった解りやすさとも距離がある。世俗に背を向ける表現者か? そう、破滅型の物書きや芸術家と似ていなくも無い。その距離を、気配だけでも知りたかった。

 

だから、友川カズキの日常生活をそれほど観たかったわけではない。競輪場に通う友川の姿は、もちろんそれは日常として面白い。本気だからだ。息子たちまで巻き込んでいる様子には、他人だけれども本当にあきれ果てる。筋金入りのろくでなしだと思う。だからこそ、競輪の歌『夢のラップもう一丁』は素晴らしい。本気のろくでなしだからだ。僕が観たかったのは、どんな姿なのか? 本当は自分でもよくわかっていないけれども、こんな日常の姿ではなかったように思うのだ。それでも、それはこの映画に対しての批判ではない。僕はこのようには撮らないだろうし、撮れない。自分では解釈しきれないのだと思う。だからこの映画を否定出来ない。

 

友川カズキの歌を初めて聴いたのは、全くの偶然だった。テレビ番組でのそれは、カウンターに座る金八先生と三原じゅん子の後ろで(確か吉祥寺の「曼荼羅」)歌っていた友川カズキだった。その曲を聴いてから、すぐに『無残の美』を買いに行ったと思う。渋谷のアピアに見にいったのもそのすぐ後だったか。しばらくしてから、佐々木昭一郎のテレビドラマ『さすらい』(1971年)が再放送され、その若い姿を見た。秋田から出てきて映画の看板描きの見習いをやっている「ギター」と呼ばれる青年の役だった。その後、看板描きをやめてキャバレーで働く友川の姿は、他の役者と同様に現実と区別がつかないものだった。そのほかにも、山本晋也のポルノ映画に出ているらしいことを知ったが、それは見ていない。何れにしても、破滅型の匂いのする癖の強い表現者だと思っていた。最近ではこれまでの文章を集めた『一人盆踊り』(2019年)を読んでいた。「週刊金曜日」(2019年4月22日号)のインタビューは、聞き手でもあった編集部の土井伸一郎さんが教えてくれた。これが、その時点でメディアに載ったの最新の姿だと思って読んでいた。そしてこの映画を観たのだった。

 

友川カズキへの個人的な関心は、明らかに屈折していて、集中的にのめり込んだけれども、一時期の熱は冷めていた。おそらくついていけなくなったのだ。友川の生き方を、少し距離を置いて途方に暮れて観ていた。それでも、中上健次の命日だとか、福島泰樹の最期の授業とか、ことあるごとに周期的に思い出し聴きたくなるような歌だった。自分の中では大きな位置を占めていると今でも思う。

 

この映画について、何か書こうと思っていたけれども、なかなか言葉が見つからなかったのは何故だろう。そんなことを毎日考えていたら、一週間が過ぎた。自分に跳ね返ってきそうだと思ったからか? 何かを書く自信がなかったからか? だから、こんな文章になってしまった。

 

それにしても、2010年の夏の記録を、どうして今、このタイミングでその時期の記録だけで64分の映画にしたのだろうか? 始めからこの夏だけにするつもりだったのか? 何らかの理由で撮り続けることができなくなったのか? 何れにしても、友川カズキに惹かれた者にとってはとても興味深い記録だった。

 

2020.02.20 Thursday

知らなかったと言えば、いずれ無くなるような問題ではない。そんな映画を観てしまったことを誰かに伝えなければと思う。

『馬三家からの手紙』  原題:LETTER FROM MASANJIA

監督:レオン・リー 制作:フライングクラウドプロダクション

配給:グループ現代  2018年 カナダ 76

 

映画を観終わったときに、しばらくは言葉が見つからないことがある。

何から書けばいいのか、戸惑ってしまう。

またひとつ、海外の映画によって知らなかったことに触れることができた。何処かで、人が人らしくない扱いを受けている。知らなかったと言えば、いずれ無くなるような問題ではない。

そんな映画を観てしまったことを誰かに伝えなければと思う。

 

映画は一枚の紙片が発見されたところから始まる。

馬三家労働教養所で書かれたもので、施設の実態を告発する内容だった。馬三家労働教養所は政府が反体制的とみなせば、裁判抜きで収容することができる強制収容所であったという。法制度があるとは言っても反政府活動には問答無用の拘束がなされ、尋問や拷問も行われていたらしい。孫毅が教養所で書いた20通の告発文は、所内の労働所で制作されたハロウィンの飾り物に紛れ込ませて発送され、それが海外で売られ、紙片が発見されることをわずかに期待していた。その間、告発文のひとつが看守に見つかり、孫毅や仲間たちは次々に拷問を受けていたという。その紙片はアメリカ・オレゴン州のジュリー・キースによって発見された。

 

概要をこうして書いてしまえば、中国で起こっていることだから特に驚かない、と言われるだろうか?

孫毅が拘束されるきっかけとなったのが、「法輪功」の学習者であったということについてはどうだろうか? 「法輪功」は中国ではよく知られる健康法の「気功」から発展した修練法を学習する団体だったそうで、1992年に李洪志によって広められた。驚くのはその学習者が1998年に7000万人に達したために、中国政府はその拡大を驚異とし、非合法組織に定めて取締を開始した。映像で見ても、老人たちを中心とした朝の太極拳といった活動なのだが、何しろ波及の速度と組織力を恐れたのだろう。つまり「政府の管理下」に収まらなければ非合法という恐るべき判断が、こうした団体を摘発し、拘束し収束させようとする。北京五輪の開催期間が迫ると「法輪功」への弾圧が一層厳しくなったのだという。また、司法にしても警察にしても党の管理下であるから、こうした非合法組織のメンバーが拘束されても、行方不明になったケースも多いという。

馬三家労働教養所はそうした非合法活動家の受け皿であり、思想的な矯正所であった。アメリカで見つかった告発文は大きなニュースとなり、国内外からの批判を受けて、馬三家労働教養所は2013年11月に廃止された。しかし、実際はこうした施設は名前を変えて現在でも存在するらしい。

 

この映画の特徴は、監督のレオン・リーがカナダから様々な映像制作のレクチャーをして、孫毅や協力者が撮影した映像を極秘にやり取りして、編集されたものであることだ。例えば『ラッカは静かに虐殺されている City of Ghosts』(監督・製作・撮影・編集:マシュー・ハイネマン2017年 アメリカ 92分)が、その殆どがスマートフォンで撮影された映像だったように、この映画でも撮影そのものが極めて危険な行為であるし、その映像ファイルをやり取りすることも、海外に送ったことも重罪に値する。また、孫毅によって描かれた図解やイラストをベースに制作されたアニメーションのパートも、過酷な状況を見事に描写している。

インドネシアに亡命を試みた孫毅が、告発文の発見者ジュリーに会うというひとつの大きな山場は、やがて訪れる悲劇を招き入れたしまったのではないかとも思ってしまう。こうした亡命者の悲劇はロシア人の例でも既視感がある。

 

中国は党=政府の管理下におかれた資本主義が急速に拡大している。歪な経済政策は貧富の差を拡大し続けている。もちろん中国には行ったことがないので、その実情は分からない。試写会のあとレオン・リー監督は、質疑の最後にこのようなことを話した。「中国の問題をひとことで言えば、プロパガンダと暴力だ。新型コロナウイルスの対応でも、初期対応が遅れた問題は隠され、武漢を封鎖したことだけが、党の功績と言われ続け、多くの人がそれを信じている」と。翻って日本はどうだろうか? プロパガンダと暴力は、程度の差はあるけれども、確実に現政権の問題点である。暴力とは、沖縄や基地問題、原発問題での民意無視であるし、沖縄では暴力による反対運動の排除が進行している。プロパガンダは、政府主導の犯罪的な行為(恣意的な学校認可と新設、国有地のたたき売り、公職選挙法違反、政治資金管理法違反、自衛隊法・憲法違反などの疑い)が、巧妙に都合良く言い換えられている。管理下に置かれた資本主義は、弱者を無視して富裕層だけを拡大している。ゆっくりとじっくりと、事態が進行している日本は、その解り難さ故にむしろ深刻かも知れない。

 

この試写会の最後にレオン・リー監督は言った。

「孫毅(スン・イ)が馬三家労働教養所で書いた手紙は20通ありました。発見されなかった19通はどうなったのでしょう? この映画を見た人は、孫毅からの手紙を発見した人のように、ここで観たことを誰かに伝えて欲しい。」と。

せめてこの映画を目撃する事、観たことを伝える事くらいしかできないかもしれないが、観たことの責任を感じ続ける映画になるだろう。

 

この映画に先立ち2018年9月19日に「NHKBS世界のドキュメンタリー」で同名の45分版が放送されている。

2020.02.12 Wednesday

緻密に強固に言語化された堤防を、映像の力で決壊させていく心地よさがある

『パラサイト 半地下の家族』

監督:ポン・ジュノ 2019年 韓国 132

 

先月、この映画を観た話を高校の授業の冒頭でしていたときに、この映画はカンヌでは最高賞を受賞したけれども、アカデミー賞というのは基本的にアメリカ映画産業に携わっている人が選ぶ賞なので、アメリカ映画と「それ以外」という考え方が主流なんです、などと言っていていたので、ちょっと慌てている。ここ数年はアトラクション映画に辟易とした反動なのかもしれないが、『パラサイト』自体はとても良くできた映画なので、複数の受賞はとても素敵な事件だと思う。

 

この映画を観たあとに、やはり脚本が良くできているなとは思ったけれども、しばらくその理由を考えていた。一方で、このところ映像祭や学生作品の審査などをしていて、それらの映像には何が足りないのだろうかとも考えていた。

たどり着いたのは、言語化のプロセスなのではないかということだ。それをやっていないということではなく、足りていないのではないかと思う。

 

シナリオは映像制作の設計図であるから、言語と、場合によっては設定や空間の俯瞰図など書かれている。その言語を元に絵コンテなどのより具体的な設計図に描き起こされていく。シナリオは状況とセリフが淡々と書かれているので、例えば「〇〇は、昨夜のことを思い出して、ひどく後悔していた」などという心情を表す言葉では書かない。ひどく傷ついている状況を「暗い部屋の窓際で、明かりも点けずにうつむいて座ったままじっと動かない」などと役者の有り様を説明する。それをどのような構図やカット割りで示すのかを絵コンテに描いていく。

ここで重要なのは、言語と映像化のための作業(構図を示したり、照明を作ったり、台詞のタイミングを作ったり)との間には、更に複雑な言語化の作業が必要だということだ。どのような心情で、何故、そういう態度を取るのか、何故そういう表情なのか、どこを見ているのか、何故、言葉に詰まるのか、間合いが必要なのか。そして、何故この場所や空間でやり取りや事件が起こるのか? そういうことは感覚的な作業ではなくて、むしろ極めて言語的で緻密な解釈の交換なのだ。あるいは語彙の問題だ。例えば「悲しみ」を伝える無数の言語表現のグラデーションを、伝える側がどのくらい持っているか。それをどのように具体的な人物の振る舞いに反映させるのか? 映像表現はこのプロセスに大きく左右される。

 

そして、映像表現が面白いのは、そうして丁寧に構築された言語的な構造に、あるカットの一瞬の驚きや輝きが唐突に裂け目を作って、一気に決壊させるようなダイナミックな展開を見せることがあり得るということだ。

 

『パラサイト』での雨や雷や洪水はそうした決壊を文字通りに示した映像的な魅力であるし、幸運の石も、モールス信号も、「半地下」「丘の上」という設定そのものも、「におい」という映らないものまでも、それらは丁寧に構築されていて、危うさとギリギリの均衡にある、不安定な状況を作り上げている。つまり、展開が唐突で予想外だから面白いのではなくて、どうすれば予想外の展開になるかが緻密に言語化されているから面白いのだ。それが、セリフに絵がついているような映像ではなくて、さらに複雑な言語化の作業があるから映像による破綻が見えてくるのだ。

もちろんシナリオを読んだわけではないので、これらが的確かどうかはわからない。また、こういう言語化の重要性は劇映画だけの問題ではなく、ドキュメンタリーでもビデオアートでも同様だ。

 

ここに書いたことは、シナリオの作法や映画制作では当たり前のことではないか、と思われるだろうか?

今、この国で最も言語的な能力を疑われているような人たちが、政治を動かしている。「クールジャパン」がダメだとは言わないが、テレビCMでは声が大きくて馬鹿っぽい若者がダジャレを言うようなモノばかりだ。お笑い芸人のように、素早い反応や反射だけが巧みな言葉遣いだと思われている。一方で政府は文学や文系を軽視し続け、熟慮や議論を避けて中途半端な同調が良しとされる。こうした政策が、ゆっくりとじっくりと若者や学生たちにも浸透しているように思われるのだ。

 

いずれにしても、改めて目指そうと思ったことは、映像の設計図を徹底的に言語化の作業で詰めて構築して、それをはみ出していくような映像的破綻を積極的に許容すること。

これからはいくつかの授業では、もっと言語化と解釈の作業に力を入れていこうと思った次第です。

2020.01.24 Friday

この映画には彼らのダンスが路上に在る理由しかない。

『ダンシングホームレス』

監督・撮影:三浦 渉 プロデューサー:佐々木伸之 Tokyo Video Center

2019年 99分 

 

これまで、ダンスが劇場ではなく街や路上に出る理由はなんだろうか?と考えていた。

この映画には彼らのダンスが路上に在る理由しかない。

 

試写会を終えた会場で「かっこいい映画を作ったね」と、監督の三浦 渉さんに伝えた。

ドキュメンタリー映画を観て、久しぶりに「かっこいいな」と思った。監督をよく知っているから持ち上げているのでも、その成長ぶりに感心しているのでもなくて、本当にかっこいい映画だなと思った。

「観ればわかるでしょ?」と言われているようでもあった。ホームレス、路上生活、非正規雇用、社会的弱者、生活保護受給と少なくとも社会問題に片足を突っ込んでいる内容であっても、ナレーションやテロップは極端に少ない。観ればわかることは言わないし書かない。あるいは必要以上の情報を加えないし、徒に感情を煽るような言葉や音楽もない。登場するダンサーたちもそれぞれ名前と年齢が文字で伝えられ、それ以上の情報は映画の中で、取材者である監督との会話で聞こえてくる。「新人Hソケリッサ」の主宰者・アオキ裕キ氏のインタビューは、簡潔で歯切れがいい。彼が言うように路上生活者の身体表現がとても面白いのだ。それ以上の動機ではない、と彼は言う。彼自身も、商業ベースで消費される「ダンス」や振り付けに疲れたのだろうか? その多くは語られない。だから観ればわかることしかわからないし、推して知ればいい。それでいいのだと思うし、映像以外の情報を最小限にした演出は、アオキ氏の考えと共鳴していて潔い。また、ホームレスのダンサーたちとそれぞれ向かい合う時の、独特の間合いとか距離感とか視点とか、時々不躾にも聞こえる質問がとてもいい関係を見せてくれている。訓練してできるようなものではなくて、これは、監督が持っている生来の空気だろうなと思った。

 

もちろん、路上生活者ではない我々から見れば、何もかも失って生きている人たちの極限の身体などと、プロの表現者がその限界突破をアウトサイダーに求めるような態度にも思われるかもしれない。

表現は何度も繰り返して、そうした外部の突発的な表現を取り込もそうとしてきたし、理屈をつけるならば、原初的な感覚や極限状態の表現などを突破口として、あるいはノイズとして取り込んできた。あるいは土方巽の舞踏は「身体であることの不自由さ」や、躍動ではなくむしろ抑制に近い動きを独自に取り入れていた。よく知られているように、あの舞踏に特徴的な中腰のゆっくりとしたリズムは、泥に足を取られる田植えに似ている。生活者の動きやテンポは日本独自の舞踏として発展した。

僕は学生の頃に精神病院での芸術療法に興味を持っていたし、絵画や陶芸だけではなくて、演劇やダンスも療法に取り入れらていることを知った。舞踏家・石井満隆のドキュメンタリーを制作した入り口は舞踏療法だった。そして彼の後を追いかけるように撮影していったことで、その思い込みは見事に打ち砕かれ、「誤解」が編集の際のキーワードだった。そういえば、アオキ氏のワークショップは僕が観てきた舞踏のワークショップの段取りと似ているな、と思った。まずは気持ちを解き放つこと、鏡のように人の動きを真似てみること、そして、今、自分の周りにある様々なものを感じて、反応すること。つまり、インプロビゼーションの感覚を体で表現してみる。準備運動などの手続きはあるものの、どんな反応や動きでも、それを参加者全員が受け入れていた。僕の作品では1985年はひたすら観ることに費やし、86年は石井満隆が参加する様々な場所にカメラを持って出かけていった。若い舞踏家や学生たちが参加する合宿のワークショップでは、田んぼで突然踊りだした。檜枝岐パフォーマンス・フェスティバルでは、神社や河原や路上がその舞台だったし、ほとんど野宿のような状態だった。舞踏療法を取り入れ、夏祭りや冬祭では患者たちと一緒に踊っていた、あの素敵な陶芸小屋や畑があった開放病棟は、もうない。

そんな事も思い出しながら観ていた。

 

ダンスカンパニーが映画を作ることはこれまでにもあった。僕はダンスの専門家ではないけれども、有名な作品はいくつか観てきたつもりだ。かつてピナ・バウシュの『One Day PINA Asked…』(1983年)は、石井満隆のドキュメンタリー制作の参考にしようと初めて観たダンスドキュメンタリーだった。ピナ・バウシュは来日したときの舞台も観ていたし、『ピナ・バウシュ 踊り続ける命』(監督:ヴィム・ベンダース 2012年)もとても興味深いと思っていたけれども、ダンスが劇場のような舞台ではなく街や路上に出ていく理由は、今ひとつつかめなかった。3Dで観る理由も。初期の『嘆きの皇太后』(1989年)は、街というよりは極めて舞踏的に解釈された風景が繰り返されていた。乱暴に言えば寺山修司の映画に出てくる風景のように、極私的に解釈された風景がダンスに寄り添っている。いかにも、という作品はダンス×映像の典型の極だったと思う。それはベルギーのローザスでも近いものがあって、廃墟となった学校や森の中の円形の舞台装置は、とても美しいけれどもダンスの背景としてはとても優れすぎている。「Dance for Camera」というシリーズに収録されているのは、いくつかのダンスカンパニーによる短編映像で、むしろ映像のためのダンスであり、映像×ダンスという逆転の比重がよく分かる。

一方でイギリスのDV8フィジカルシアターは、初期のフィルムから街や労働者、同性愛者やマイノリティーが意識されていた。パブや路上で突然繰り広げられる男たちの汗臭そうなダンスは『エンター・アキレス』(1997年)でもそうだったし、『The Cost of Living』(2006年)では、ダンサーたちが主役の短編劇映画に仕立て上げられていた。

 

そう、『ダンシングホームレス』を見て、かっこいい映画だと思ったのは『The Cost of Living』を思い起こしたからだった。冒頭やラストがスタイリッシュであるからではなくて、むしろほとんどが泥臭く、ダンスと映画のコンセプトが見事に内容と合致しているからだ。

最近のダンスや舞踏の動向にはあまり関心がなかったけれども、この映画でまた身体表現への関心を刺激されてしまった。

 

ありがとう、三浦くん、本当にいい映画だと思いますよ。

2020.01.15 Wednesday

今、テレビは「ただの現在」でさえないのだろうか?

『さよならテレビ』

監督:土方宏史 プロデューサー:阿武野勝彦 

制作/配給:東海テレビ 配給協力:東風 2019年 109

 

高校での授業の冒頭でこの映画を紹介した。合わせて東海テレビが、テレビ局発の長編劇場用ドキュメンタリー映画制作の先鞭をつけて、この映画が2011年から続く12作目であること、そして、僕がこれまでに観た7作品がどれも独自の視点を持った素晴らしい映画であったこと、テレビ局発の長編ドキュメンタリー映画は、大きな可能性があると思わせてくれたことを話した。

しかし、この映画を紹介する時に、何かを言い澱んでしまったのは何故だろうかと考えた。

 

プロデューサーの阿武野勝彦さんとは、平和・協同ジャーナリスト基金賞の場などでお会いしたことがある。その時にも、〈地方のテレビ局が作ったドキュメンタリー番組は、全国配信される機会が極端に限られていて、そうであれば、劇場公開するほうが、長期間の全国展開も可能だし、何度でも観てもらうことができる〉といった趣旨の話をされていた。その通りだと思うし、東海テレビに続いていくつかの地方局が、長期取材したテレビ番組を劇場用に再編集して公開している。

 

12作目の劇場公開作品は、いくつかの話題が先行していたが、ようやく観ることができた。そして、この映画の後味の悪さをどのように説明したらいいのか、しばらく考えていた。「慢心」という言葉さえ観終わった後に思い浮かべてしまった。テレビがテレビを描くという自己言及の構造が、宣伝チラシにあるような「裸のラブレター」であると思っているとすれば、テレビはまだ思い上がってはいないかと思ってしまう。しかしその思い上がりをテレビ自体が描いてしまうこと、それがこの映画の狙いのひとつでもあるとすれば、不可解な入れ子の謎解きを命じられているようで不愉快ですらある。その怒りこそがテレビに必要なのだと、煙に巻かれるだろうか? 

テレビ局が舞台になったとても良くできたドラマだと言ってもいいかもしれない。実在の人物が実際の仕事を演じるという劇映画もある。その是非を問うているのではなくて、フェイクであるか、そうではないのかなどと論じあっている観客を高みから見ているような、テクニシャンの笑みが見え隠れする。そう考えると、ラストシーンの会議室でのやり取りは、77分だったというTV版にも入っていたのだろうか? と思ってしまう。

 

この映画は、どう考えても場当たり的な企画書から始まる。「今のテレビはどうなっているのか」と問うならば、その企画書の後段には何らかの仮説が書かれていたのだと思いたい。しかしこの粗末な企画書で撮影を始めることさえ、テレビ的な仕掛けなのだろうか? 何が撮りたいのか、それで何がしたいのかわからないと、現場のスタッフや上司からは問い詰められる。「まずは撮るのをやめろ」と叱責されたカメラマンは、「約束通り」に記録が続いたままでカメラを床に置き、音声だけが聞こえてくる。本当にこんなふうにこの映画は始まっていいんだろうかと半信半疑だった。そこで立ち止まり、作戦を立て直しているように見える。その後に、いくつかの約束事がかわされ、報道局の内部が映し出される。

「テレビとは何か?」という問いは「テレビとは何かに自ら言及するテレビ」という、仕掛けによって、複雑な構造を提示する。それは、「TVの今はどうなっているのか」という企画書の言葉に呼応する。メインから降板させられるキャスター、テレビがジャーナリズムであることの原則を信じている制作者、アイドルオタクで失敗ばかりしている契約社員のディレクター、と3人のそれぞれがテレビの現在を問うていることは解る。もう何十年も続いている局と委託・契約の制作体制が、ジャーナリズムとしての使命など置き去りにしてきたことは、日々の数字をノルマのように伝える姿を見れば、それが末期的であることも解る。「ぜひネタ」といった一見情報番組のような扱いが、スポンサー案件であることも理解できるし、ドラマ中のタイアップCMなどは地上波でも日常的に現れる。疲れていると思う。悪循環から抜け出す手立てを探っている人もいると思う。それで? と残酷な問いをあえて突きつける。

 

そもそも、メディアの自己言及は、そのメディアが疲弊した時に、くり返し起こっている。それは映画でもそうだし、演劇や文学でもそうかも知れない。70年代のテレビマンユニオンも、そこを去った佐藤輝の仕事も、佐々木昭一郎も木村栄文も知っているだろう人たちが、今、この映画で問うているものは何だろうか?

 

かつて「テレビとは〇〇である」といくつもの言葉をぶつけて、それを実践しようとした人たちがいた。『お前はただの現在に過ぎない』では「テレビとはなにか?」という問いに対して18の提言が記されている。

 

テレビは時間である。 現在である。 液体である。 生理である。 ケ(日常)である。 ドキュメンタリーである。 大衆である。 わが身のことである。 ジャズである。目で噛むチューインガムである。 第五の壁である。 窓である。 正面である。 対面である。 参加である。 装置である。 機構である。 非芸術・反権力である。

 

今、テレビのことを表すならば、何だと言えるだろうか?

 

テレビを信じるなとテレビマンが言うかのような仕掛けは、「ドキュメンタリーは嘘をつく」と言い切った森達也氏の映画に近いようで遠いのかもしれない。そもそもドキュメンタリーという言葉は「事実の創造的劇化」を許容していたし、再現であっても、それが誠実であれば手法の一部であった。だから、ドキュメンタリーは事実をベースにしていても、事実そのものではない。それは「真実」を描こうとする手続きであるといえば詭弁だろうか? そうではなくて、事実そのものを切り取ってフィルムに定着したとき、そこには既に制作者の恣意性が介在するという自明の論理は許容されてこなかった。TVドキュメンタリーは「捏造」や「やらせ」といった言葉を恐れ厳格に、自らを追い詰めていっったととも言える。だから、海外のドキュメンタリーに比べて自由度も少なく、むしろ狭量な自己検閲に苦しめられてきた。

 

僕は、テレビはもう終わってしまうとは思っていない。優れた番組やその作り手たちがいることも知っている。だから、総じてダメだと言い続けている。

テレビが「現在」であろうとしているか? 「液体」であろうとしているか?「生理」であろうとしているか? とあらためて問いたい。時流の中のメディア的な劣勢を憂う前に、テレビにさよならを告げる前に、やりっきたテレビの姿をもう一度見せてほしいと願う。

2020.01.04 Saturday

Sorry We Missed Youという感情のない定型句が、とても美しく悲しい言葉に思われる

『家族を想うとき』 原題:Sorry We Missed You 監督:ケン・ローチ

 2019年 イギリス・フランス・ベルギー 100

 

2019年の最後にケン・ローチのこの映画を観ることができてよかった。

以前から外国の映画を観ると原題の意味は考えていたけれども、この映画の原題『Sorry We Missed You』が、とても美しいタイトルだと思う。イギリスでは宅配便の不在通知に定型句として書かれているもののようだ。その言葉が映画全体にも響いていく。イギリスでの状況なのに出来事のひとつひとつに既視感に似た苦さが湧いてくる。今の日本で、いや、住んでいる場所の直ぐそばで見えているものが、いくつも思い出される。

20年以上うちに宅配を届けてくれる人は、以前は大手の制服を着ていた。最近は軽トラックには大手の会社のロゴはない。おそらく、委託の宅配業者として独立したのではないか? 大きなお世話かもしれないが、この人の顔が浮かんできた。

自動車事故で横転しているトラックをニュース映像で見ると、この荷物は誰が補償するんだろうか?などと心配になる。大手業者ならば、相応の保険があるのだろう。でも個人の委託業者だったら、などと思ってしまう。介護や保育の現場では、深刻な人手不足が続くのに待遇は改善されないままだし、コンビニのオーナー達の悲鳴も聞こえてきた一年だった。

この映画の家族も、慎ましく生きようとするのだが不器用ですべてがうまく行かない。宅配ドライバーの父親リッキーは、荷物のデータを送受信する小さな端末を持たせられ、2分間車を離れると警告音がなる。指定の時間に少しでも遅れるとペナルティーがある。客からのクレームもあるし、駐車違反も心配しなければならない。荷物を運んだ数が、収入の増減に直結している。家族の誰も悪くないのに、物事は悪い方にしか進まない。宅配業者を取りまとめている冷酷に見えるロニーでさえも、もっと上部の指示とノルマをこなすために、厳しい指示を出している労働者に過ぎない。妻、アビーの介護士としての優しさは、効率の悪い「余計なこと」でしかないのだろう。人と直接接する仕事でさえも、分刻みに管理されている。

そんな状況に、ケン・ローチは中途半端な「希望」を用意したりはしない。前作の『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)で描かれた人たちも、そんな理不尽さに巻き込まれていく。この映画のすぐ近くで、並行して起こっている悲劇のようだ。そんな錯覚もしてしまう。

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